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光輝性顔料による鮮やかな色漆の開発

■繊維生活部 梶井紀孝 江頭俊郎 藤島夕喜代

 漆液は,色が茶褐色であるため,白色系や青色系の漆塗膜は色味が鈍く,より色鮮やかな漆の開発が求められている。そこで,漆液に光輝性顔料を配合して,漆塗膜の明るさや色味の改善を検討した。その結果,酸化チタンをコーティングした雲母材を漆と配合することで,漆塗膜の明るさが向上し,色味を改善することができた。また,調合した漆塗膜の促進耐光性試験を行った結果,従来の塗膜より変色を低減できた。さらに,県内企業と光輝性顔料を配合した白漆と青漆の漆器を試作して,技術移転を図った。
キーワード: 漆,顔料,漆器

Development of Brightly-colored Urushi Using Mica-pigments

Noritaka KAJII, Toshiro EGASHIRA and Yukiyo FUJISHIMA

Since the original color of lacquer-tree sap is dark brown, the colors of white and blue Urushi become dull, and the development of a more colorful Urushi is required. We aimed to improve the color brightness of lacquer film by adding glittering pigments to the Urushi. The brightness of the lacquer film was improved by blending mica coated with titanium oxide. Furthermore, a color fading test conducted by means of a xenon arc weathering instrument proved that the developed Urushi showed less discoloration than a traditional film. Subsequently, the developed Urushi was used by companies in our prefecture to produce brightly colored lacquerware.
Keywords : urushi, pigment, lacquerware

1.緒  言
 ウルシノキから採取した漆(液)は,乳白色をしているが,酸化重合した塗膜は濃い茶褐色になる。さらに,上塗り用漆では,水分等の調整後に半透明な茶褐色となる。この上塗り用は朱合漆と呼び,顔料や乾性油等を調合して赤色等に着色した漆を色漆(もしくは彩漆)と呼ぶ。色漆の中で,酸化チタン等の白色顔料を配合した白漆は,茶色味の強い暗目の白色となる。また,青色顔料を配合した青漆の塗膜は,漆の茶褐色が影響するため,色味の鈍い青色となり,改善が求められている。さらに,白漆や青漆塗りの漆器は日光の当たり方で部分変色することが問題となっている。
 本研究では,白漆と青漆の色味を改善するため,光輝性顔料を用いて,その最適な調合方法を確立することで,鮮やかな色漆の開発を目的とする。また,調合した漆塗膜の促進耐光性試験を行い,変色について,従来の塗膜と比較検討する。さらに,調合した白漆や青漆を用いた新しい色彩の漆器を試作する。

2.実験方法と結果
 光輝性顔料を用いた鮮やかな白漆と青漆の開発に係る実験手順を図1に表す。これら手順の中で,[1]顔料の種類と粒径,[2]漆と顔料の配合比,[3]塗膜における顔料の分散状態の3点が,漆の色味に大きく関与している。そこで,初めに38種類の顔料を同一の配合比と混練条件で漆へ配合し,従来使用してきた顔料の漆塗膜と比べて,色味の良い顔料を選定した上で,最適な調合方法の検討を行った。

(図1 実験手順)

2.1 漆と顔料の調合方法
 光輝性材料を漆へ配合する場合,これまでの研究1)により,50µm以上の粒径については,蒔絵と呼ばれる塗膜表面へ粉末を蒔いて彩色する技法が有効であった。そのため,漆へ粉末を練り込み着色する本研究でも,粒径が50µm未満の微細な着色顔料を用いた。表1に使用した顔料の概要を示す。検討する顔料は,従来から白色系と青色系の漆に使用してきた着色顔料と,近年開発された光輝性顔料を中心とした新しい着色顔料,および顔料の分散を促すための体質顔料とした。また,漆は(有)能作うるし店製の朱合漆を共通して使用した。
 漆と顔料の調合は,重量比で漆10に対して顔料5の割合で配合し,自転公転式撹拌機((株)シンキー製 ARE-310)を用いて混錬した。

(表1 使用した顔料の概要)

2.2 漆塗り板の作製と顔料の選定
 ABS樹脂製の白色板に,調合した38種類の色漆を塗装して,塗膜試料を各2枚作製した。塗装方法および乾燥条件を以下に示す。
漆塗装方法:100µmフラットブレードアプリケーターで塗布(漆塗膜の厚さ約50µm)
漆乾燥条件:温度20±2℃ 相対湿度70±10%RHの恒温槽で約24時間以上乾燥
 作製した38種類の塗膜試料は,乾燥7日後に標準光源装置(GretagMacbeth製 Judge Ⅱ)の下で,目視により鮮やかさを評価した。その結果,酸化チタンをコーティングした雲母材の顔料を用いた漆塗膜が,最も明るく,色味が鮮やかであった。
 また,酸化チタンをコーティングした白色の雲母材(以下:パールホワイト)へ青色の着色顔料であるフタロシアニン(以下:ピグメントブルー)を配合することにより,青味を調整できた。そのため,以降の実験において,白漆の顔料としてパールホワイトを選定し,青漆は青味の強いピグメントブルーを配合することとした。

2.3 顔料配合比の比較
 パールホワイト顔料を用いて,漆への配合比による明度の違いを比較した。前回と同様な器具を用いて,重量比で漆10に対して,顔料2,4,6,8,10の5つの割合で配合した塗膜試料を各2枚作製した。その結果,顔料の配合比が4以下は分散状態が不十分で,塗膜に色ムラが発生しやすいことが明らかになった。
 表2に簡易型分光色差計(日本電色工業(株)製 NF 333)を用いて,配合比の違う漆塗膜の3箇所を測色2)して得られたL*値(明度)を示す。測色結果から,パールホワイト顔料の利用により,従来の白顔料と比べて,ΔL*が7.4以上向上している。
 従来の白顔料では発色が難しいL*60以上かつ,塗膜表面に色ムラがほとんどなく,顔料の分散状態も良いことから,漆とパールホワイト顔料の配合比は,漆10に対して,顔料8以上が良好であった。

(表2 配合比の違いによる漆塗膜の測色値)

2.4 産地企業での試用評価と改善
 県内の産地企業で白漆と青漆のサンプルを試用し,漆器製造における課題について検討した。
 多量に製造可能な3本ロールミル(株)小平製作所製 RⅢ -1CN-2)混練機を用いて,パールホワイト顔料を調合した白漆と,パールホワイト顔料とピグメントブルー顔料を調合した青漆を作製した。
 産地企業の試用評価で,次のような評価を得た。
[1] 色味が鮮やかで,これまでにない艶感(パールやメタリック顔料が持つ光輝性)がある。
[2] 透明感があり,下層の色に影響されやすい。
[3] 刷毛での塗装では,刷毛目(塗り跡)が残る。
[4] 色漆の乾燥が遅く,低湿度環境では乾燥しない。
 評価結果[3],[4]に係る課題の対策として,各漆サンプルへ硫酸バリウムやタルク,微細なガラスビーズ等の体質顔料を調合漆に添加し,さらに乾性油利用と混練条件を変更して解消を図った。
 その結果,乾性油の添加による粘度の低下に伴い,刷毛目の凹凸を緩和することはできたが,塗膜中にある塗り跡を無くするまでには至らなかった。具体的には,次のような知見を得た。
・乾性油(亜麻仁油,荏油,樟脳油)の添加により,乾燥時間を調整できる。
・荏油,亜麻仁油の添加により,塗膜の光沢が上がる。
・樟脳油の添加により,粘度が著しく低下する。
・3本ロールミルの混練回数が多いほど,漆塗膜の艶感は良くなるが,乾燥が遅くなる。

2.5 促進耐光性試験
 開発した漆について,キセノンランプによる促進耐光性試験を行った。以下に試験条件,図2に試験結果を示す。
・試験機器:キセノンウェザーメータ(アトラス製 Ci4000)光源 キセノンランプ,出力6.5kW
・試験条件:放射照度60w/m2,ブラックパネル温度63℃,槽内温度38±5℃
・試  料:調合漆の顔料および漆への重量配合比は図2下部に示す。3本ロールミルを用いて混練条件は全て同一とした。その調合漆を木製黒漆塗り板の表面へ,産地企業のスプレー塗装により2度塗装した。各2試料を作製。
・前 処 理:試験試料を温度20±2℃,相対湿度65±10%RHの恒温室で1ヶ月保管。
・測色方法:簡易型分光色差計で2試料各3箇所を測色して,L*a*b*色度図で色差(ΔE*)の平均値を記載。
 促進耐光性試験の結果からは,漆塗膜は最初の10時間まで大きく変色するが,30時間後からはパールホワイト顔料を使用した白漆と青漆は色変化が低減した。

(図2 促進耐光性試験における漆塗膜の測色値)

2.6 考察
 パールホワイト顔料を漆へ配合することにより,従来の白漆と比べて,白漆塗膜の明度(L*値)が向上した。さらに青味の強いピグメントブルー顔料を加えることにより,鮮やかな青味の青漆塗膜を開発することができた。従来暗目であった漆塗膜の明度が向上したため,色域が拡大したことが上げられる。
 また,耐光性の向上に関しては,光輝性顔料を用いることで,塗膜中の紫外線が拡散され,漆塗膜分解の原因である紫外線を吸収しにくくなったためと思われる。従って,光輝性顔料の配合による漆の色味改善は有効と考えられる。

3 製品開発
 研究段階から,光輝性顔料を用いた漆の調合技術を産地企業へ移転し,パールホワイト顔料やピグメントブルー顔料を用いた漆をパール漆として製品化を図った。
 図3はパール漆の特長である鮮やかな漆塗膜を利用して,試作開発した漆塗りアクセサリーであり,図4は蒔絵万年筆の製品例や,図5はボウルや盛皿等の洋食器に適用した一例である。これらの試作品は,「これまでにない色味の漆器である」と好評を得た。

(図3 パール漆塗りアクセサリー)
(図4 パール漆塗り蒔絵万年筆)
(図5 パール漆塗り食器)

4.結  言
 漆に光輝性顔料を配合して,漆塗膜の明るさや色味の改善を図った。その結果,酸化チタンをコーティングした雲母材を漆と配合することで,白漆の明るさが向上し,さらに青色顔料を調合することにより,鮮やかな色味の青漆が開発できた。また,調合した漆塗膜の促進耐光性試験を行い,従来の塗膜と比べて紫外線による変色を低減できた。
 さらに,光輝性顔料を調合した白漆と青漆の漆器を試作し,県内企業への技術移転を図った。
 今後は,本研究で開発した鮮やかな色漆を活かして,県内企業の新製品開発を支援すると共に,製品の要求に合わせた漆の調整方法について,引き続き知見を深めたい。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた産地企業の皆様に感謝します。

参考文献
1) 江頭俊郎, 梶井紀孝, 坂本誠. 光輝性漆塗膜の開発研究.石川県工業試験場研究報告. 2001, no. 51, p. 25-28.
2) JIS K 5600-4-6:.1999. 塗料一般試験方法−第4部:塗膜の視覚特性−第6節:測色(色差の計算).