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フィルタードアーク蒸着法により成膜した高密度DLC膜の機械的特性

■機械金属部 安井治之 鷹合滋樹
■(株)オンワード技研 瀧真 長谷川祐史

緒  言
 ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜は,高硬度,低摩擦係数であるため,機械や電子分野で使われる部品や工具・金型等に広く利用されているが,その成膜方法の違いや成膜条件により,膜の物性や機械的特性,特に硬さが異なる。これは,膜中に存在する水素が大きく影響しているためである。そこで我々は,これまでの研究で,DLC膜のさらなる硬さ向上のアプローチとして図1に示すようにsp3結合の割合を高く維持しつつ,膜中の水素含有量を極力減らすことにより高密度DLC(HD-DLC)膜を作製した。
 本研究では,この高密度DLC膜の基本的特性を評価し,15Nイオンビームを用いた共鳴核反応分析法により,膜中の厚み方向の水素分布を測定した。またアプリケーションの一つとして,アルミニウム合金用の切削工具に適用し,切削試験を行った。

(図1 炭素薄膜開発のコンセプト)

試験方法
 高密度DLC膜は,固体グラファイトを原料としたフィルタードアーク蒸着法(図2)により膜中におけるドロップレットの混入を極限まで下げて成膜を行った。作製した高密度DLC膜の基本的特性は,ナノインデンテーション試験機による硬さ,トライボメータによる摩擦係数,X線反射率法による膜密度,および共鳴核反応分析(RNRA)法による膜中の含有水素量を測定した。RNRA法は,水素原子を含め軽元素の深さ分布を求める手法としては最も精度の良い手法とされている。この手法は,6.385MeVに加速した15Nビームを試料に照射し,1H(15N, αγ)12Cの共鳴核反応に伴って放出される4.43MeVのγ線を検出器で測定する。15Nイオンビームのエネルギーの関数としてγ線収量を測定すれば,膜中に存在する水素の深さ分布を求めることができる。
 さらに,高密度DLC膜のアプリケーションの一つとして切削工具への適用を目指し,切削用の超硬合金チップに成膜してフライス切削試験を行い,切削可能距離を比較した。試験にはNCフライス盤を用い,チップへのアルミニウム溶着の量,切りくずのカール度合により評価した。

(図2 高密度DLC成膜装置の概略)

結果及び考察
 高密度DLC膜の基本特性を評価した結果,硬さは90GPaでダイヤモンドの100GPaに近く,従来DLC膜の20GPaをはるかに凌ぐ硬さ値が得られた。また,摩擦係数は,アルミニウム合金(A5052)を相手材料とした場合,従来DLC膜と同等の摩擦係数0.1を示した。
 X線反射率法により膜密度を評価した結果を図3に示す。得られた波形に対し,各種パラメータ(粗さ,密度)の最適化を行ったシミュレーション結果と比較して膜密度を計算した結果,高密度DLC膜の密度は3.0g/cm3,従来DLC膜は1.9g/cm3であり,高密度DLC膜は,従来DLC膜よりも密度が高く,ダイヤモンドの密度3.5g/cm3に匹敵する高密度であった。
 膜中の含有水素量を測定した結果を図4に示す。横軸は15Nイオンの加速エネルギーで,膜の深さ方向の情報に対応し,縦軸はγ線収量であり,膜中の水素含有量に対応する。その結果,従来DLC膜は24.9at%,高密度DLC膜は検出限界以下であり,開発した高密度DLC膜は膜中に水素を含まない水素フリー膜であることを明らかにした。
 次に切削工具への実用化を想定し,フライス切削試験を行った結果を55に示す。何もコーティングしていない超硬合金チップはアルミニウムが溶着して20mで切削不能となったのに対し,従来DLC膜は800mと切削可能距離が伸び,さらに高密度DLC膜は12000mまでの切削が可能であった。

(図3 X線反射率法による密度測定結果)
(図4 共鳴核反応分析法による水素含有量測定結果)
(図5 アルミニウム合金の切削試験結果)

結  言
 フィルタードアーク蒸着法により作製した水素フリー膜である高密度DLC膜の機械的特性を評価した結果,以下の知見が得られた。
(1) 高密度DLC膜は,従来DLC膜と摩擦係数は同等であるが,硬さは4倍以上の高硬度である。
(2) 高密度DLC膜の膜密度は,従来DLC膜よりも高く,ダイヤモンド膜に近い高密度な膜である。
(3) 高密度DLC膜をフライス切削用チップに成膜して切削試験を行った結果,従来DLC膜の15倍の長寿命性を示し,アルミニウム合金に対して良好な切削特性が得られた。

論文投稿
 Surface & Coating Technology, 2011, vol. 206, p. 1003-1006.