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 海洋深層水利用技術開発事業
 化学食品部 ○松田章 中道俊久 西村芳典 道畠俊英 藤島夕喜代
 繊維生活部 沢野井康成 木水貢 守田啓輔
 石川県発明協会 中村清光

 海洋深層水の機能性の一つである富栄養性に着目し, 海洋深層水(原水)から脱塩水や高ミネラル水, 高ミネラル塩を調製し, 以下の5項目の試験・応用を行った。1)淡水化装置を用いて, 海洋深層水から淡水化試験を行った。その結果, 54atmで脱塩率が99.5%以上の淡水を53L/hr調製可能であった。2)電気透析装置を用いて, 約50分の処理時間で, マグネシウムやカルシウムなど2価の陽イオン比率を高めたミネラル水の調製が可能であることがわかった。3)脱塩水と脱塩水に海洋深層水をそれぞれ1.5%, 3.0%加えた3種類の水で低アルコール清酒を試醸した。その結果, マグネシウムやカルシウムは高い値を示した。4)高ミネラル塩を用いてイシル(魚醤油)を試醸した。その結果, 精製塩イシルに比較してマグネシウムやカルシウムは高い値を示した。5)高ミネラル塩を用いてパン菓子とシャーベットに応用した。その結果, シャーベットは市販塩の場合と比較して後味もよく総合的に高い評価を得た。
キーワード:海洋深層水, 淡水化装置, イシル, 低アルコール清酒, 電気透析装置

Study on the Utilization and Application of Deep-sea Water

Akira MATSUDA, Toshihisa NAKAMICHI, Yoshinori NISHIMURA, Toshihide MICHIHATA, Yukiyo FUJISHIMA,
Yasunari SAWANOI, Mitsugu KIMIZU, Keisukie MORITA and Kiyomitsu NAKAMURA
   
Five tests on the utilization and application of deep-sea water were conducted. The results were as follows:1)An experiment on making fresh water from deep-sea water was carried out using an apparatus for making fresh water. The result was that 53L/hr of fresh water (over 99.5% in desalt ratio) was obtained at 54 atm. 2)Water with a higher ratio of divalent cations such as magnesium and calcium could be obtained from deep-sea water after electrodialysis treatment for approx.50min. 3)Sake of a low alcohol proof was brewed from three kinds of water; desalted water, desalted water mixed with 1.5% deep-sea water and desalted water mixed with 3.0% deep-sea water. The sake made from water containing deep-sea water showed high values of magnesium and calcium compared to the sake made from desalted water. 4)Several kinds of ishiru(fish sauce) were made from squid and sardine using the salt obtained from deep-sea water. This ishiru showed higher values of magnesium and calcium than did ishiru made using commercial salt. 5)Cookies and sherbet were made using salt obtained from deep-sea water. The sherbet tasted better and obtained a higher overall score compared to sherbet containing commercial salt.
Keywords:deep-sea water, apparatus for making fresh water, ishiru(fish sauce) , sake of a low alcohol proof, apparatus for electrodialysis

1.緒  言
 近年, 海洋深層水の機能性(低温性, 富栄養性, 清浄性)1)-3)を活用して水産への利用(養殖等), 食品への利用(味噌, 醤油等), 化粧品への利用, 開発が進んでいる。また, 海洋深層水の取水施設もすでに高知, 沖縄, 富山, 静岡, 神奈川, 北海道など各地で建設され, 石川県でも能登半島東岸の内浦地区で, 平成16年度に取水施設の完成を予定している。
そこで本研究では, 陸上での本格取水を前に, 洋上で取水した海洋深層水及びその脱塩水の成分分析等を行い, 基本特性の把握と食品等への応用を検討した。すなわち, 深層水の機能性の一つである富栄養性に着目し, 海洋深層水(原水)から淡水化装置を用いて脱塩水への淡水化試験を, また, 電気透析装置を用いて高ミネラル水の調製試験を行った。さらに, 脱塩水と脱塩水に海洋深層水を添加した水を仕込水として用い, 低アルコール清酒への応用を試みた。また, 原水からは高ミネラル塩を製塩し, イシル(魚醤油)と菓子への応用を試みた。ここでは, これらの試験結果について報告する。

2.実  験
 2.1 淡水化装置による淡水化試験
 当場に導入された逆浸透(RO)膜を利用した淡水化装置(ピュアウォータ(株)製, SW150型)を用いて原水の淡水化を行い, 逆浸透の圧力を変化させた場合の透過水量の変化について試験を行った。
 
2.2 電気透析装置による高ミネラル水の試作
卓上電気透析装置(旭化成工業(株), マイクロアシライザーS3)を用いて, 海洋深層水から高ミネラル水の調製試験を行った。マグネシウムやカルシウムなどの2価イオンを残し, ナトリウムやカリウムなどの1価のイオンを多く除去する目的で, 電気透析膜はAC-120を用いた。10分ごとに処理水を採取し, 含有金属イオンを原子吸光分光光度計Aanalyst800(パーキンエルマー製)を用いて分析した。

2.3 高ミネラル塩の調製
図1に示す製塩工程によって, 海洋深層水から高ミネラル塩を調製した。得られた高ミネラル塩は, 金属イオンについて成分分析を行った。

(図1 海洋深層水からの製塩工程)

2.4 海洋深層水を用いた低アルコール清酒の試醸及び成分分析
2.4.1 清酒の試醸
海洋深層水から調製した脱塩水, 脱塩水+1.5%原水, 脱塩水+3.0%原水を仕込み水とし, 濃厚な米糖化物(醴)を用いる方法4)で低アルコール清酒の試醸を行った。もろみは酵母仕込みで, 酒母, 初添(留添)の2段仕込みで, 発酵温度を3日目までは18℃, 4日目〜9日目までを7℃, その後5℃で行った。酵母は, 協会7号の泡無し酵母(K701)を用いた。なお, 仕込配合は表1に示す。

(表1 醴仕込みによる仕込み配合)

2.4.2 分析方法
アルコール分は簡易アルコール分析器AL-2(理研計器(株)製), 日本酒度は振動式密度比重計DA500(京都電子工業(株)製), また, 清酒の香気成分の測定は, ヘッドスペースガスクロマトグラフシステムHSS-4A(GC-17A)((株)島津製作所製), 有機酸は有機酸分析システムShodex OA(昭和電工(株)製), ピルビン酸はデタミナーPA(協和メデック(株)製), その他の項目は国税庁所定分析法5)で分析した。

2.5 高ミネラル塩を利用したイシルの試醸及び成分分析
2.5.1 イシルの試醸
通常のイシルの製法6)に従い, 原料はスルメイカのゴロ(内蔵)とマイワシを用い, それぞれの原料5kgに対し, 1kgの高ミネラル塩を加えて仕込み, 30℃で8カ月試醸した。

2.5.2 分析方法
生成したイシルを遠心分離(10000rpm, 15min)後, 下層の液体部分をメンブランフィルター(孔径0.45μm)でろ過し, 分析用試料とした。
試料の一般成分の分析方法は, 食品分析法7)及び新・食品分析法8)に準じた。全窒素は窒素/蛋白質定量装置(三田村理研社製, KJEL-AUTO)によるケルダール法, 灰分は550℃恒量灰化法, 食塩はモール法, pHはpH計(堀場製作所製, F-23)により測定した。 アミノ酸及び有機酸は, 適宜希釈し, それぞれアミノ酸分析計(日立製作所製, L-8500), 有機酸分析システム(昭和電工製, ShodexOA)により定量した。金属イオンは550℃で灰化後, ICP発光分光分析装置(日本ジャーレル・アッシュ製, IRIS Advantage/SSEA)で分析した。

2.6 高ミネラル塩を用いた菓子への応用
高ミネラル塩を用いて, 表2に示すレシピにより塩味パン菓子, シャーベットを試作した。同様に, 市販塩(食塩)を用いて試作した製品と比較評価した。評価は, パネラー30名に対して, 甘み, 塩み, 苦み, 食感, 後味について2点嗜好法による官能検査を行った。

3.結果および考察
3.1 淡水化装置による淡水化試験
 海水の浸透圧(約25atm)の2倍前後の圧力で淡水化を行った。負荷圧力を変化させたときの淡水化量の変化を図2に示す。なお, 図中の二回目, 三回目は, それぞれ一回目, 二回目で得られた濃縮海水を用いて, さらに淡水化試験を行った結果である。

(図2 逆浸透圧と淡水化量)

この結果, 逆浸透圧の増加に伴い, 得られる淡水化量はほぼ直線的に増加した。54atmで脱塩率が99.5%以上の淡水を53L/hr作ることが可能であった。

(表3 海洋深層水の成分分析)

二回目の試験では, 一回目とほぼ同等の結果が得られたが, 三回目では淡水化量は一回目より約20%低下した。

(表2 試作品レシピ)

以上のことより, 本淡水化装置を用いて逆浸透圧50〜60atmを負荷させることにより, 淡水量を調節できた。
表3に, のと海洋深層水(原水)及び1回目の脱塩水の成分分析結果を示す。この結果, のと海洋深層水の性状は, 平均的な海洋深層水の成分値1)-3)と大きな差異はなく, 各種のミネラル成分が多く含まれていた。また, 脱塩処理によって各イオン濃度は大きく低減し, 電気伝導率は低下した。

 3.2 電気透析装置による高ミネラル水の調製試験
高ミネラル水の調製試験を約50分間行った。10分ごとに採取した処理水の含有金属イオン濃度を分析した結果を図3に示す。

(図3 電気透析装置による原水のイオン濃度, 組成比の経時変化)

その結果, ナトリウムイオンは全体に占める割合が経時的に大きく減少し, カリウムイオンも同様に減少した。逆に, マグネシウムイオン及びカルシウムイオンの比率は増加した。
 以上の結果より, 電気透析装置を用いて, 約50分の処理時間で, ナトリウムやカリウムなど1価の陽イオンをほぼ選択的に減少させ, 逆に, マグネシウムやカルシウムなどの2価の陽イオン比率を高めた高ミネラル水を調製可能であることがわかった。

3.3 高ミネラル塩の調製
 調製した高ミネラル塩の分析結果を表4に示す。市販食塩に比較して, マグネシウムやカルシウム, カリウムなどミネラル成分のイオン含有率が高い特徴を示した。

(表5 各種仕込水による試醸酒の成分分析)

3.4 脱塩水を用いた低アルコール清酒の試醸及び成分分析
3.4.1 発酵経過
(表4 高ミネラル塩の成分分析 (g/100g))

試醸した清酒もろみの発酵経過を図4に示す。7日目に掛米を加え, いずれも14日目に上槽した。いずれもほぼ同様な発酵経過を示した。

3.4.2 成分分析

(図4 各種仕込み水による発酵曲線 DSW:海洋深層水)

試醸した清酒の一般成分, 香気成分, 有機酸組成, 金属イオンの各分析結果を表5に示す。アルコール分は11%前後で, その他の成分もほぼ同等の値を示した。
香気成分では, 酢酸イソアミルが, 脱塩水や脱塩水+海洋深層水を用いた場合, 若干高い傾向が見られた。しかし, 香気成分全般において深層水を用いた効果と見られる有意な差は認められなかった。
有機酸組成では, 海洋深層水を用いた場合, 普通の水に比較してリンゴ酸がやや減少傾向にあった。しかし, 有機酸全般にわたり, 仕込み水に深層水を用いた効果と見られる顕著な差はないものと考えられた。
また, 金属イオン濃度では, 脱塩水に加えた海洋深層水の添加量が多いほど, ナトリウム及びマグネシウムの各イオン濃度は増加した。このことは, 深層水を仕込み水に用いた効果が反映しているものと考えられた。
 以上のことより, これまでの風味を損なうことなくミネラル成分を高めた清酒を試醸することができた。しかし, 今回の実験では, すでに報告9)されているような発酵促進効果等は認められなかった。今回用いた醴仕込みでは, 3日目まで18℃と比較的高温の発酵経過をたどり, 酵母増殖において差が現れなかったためと思われる。

3.5 高ミネラル塩を利用したイシルの試醸及び成分分析
高ミネラル塩及び精製塩を用いて試醸したイカイシル及びイワシイシルと市販イシルの全窒素, 灰分, 食塩及びpH, 遊離アミノ酸組成, 有機酸, 金属イオンを表6に示す。
イカイシルの全窒素の値は, 高ミネラル塩を用いた場合, 精製塩を用いた場合と比較してやや高い傾向を示したが, イワシイシルでは逆の傾向が見られた。その他の成分では一般成分に顕著な差は認められなかった。
高ミネラル塩を用いたイカイシルの総遊離アミノ酸量は, 精製塩の場合よりやや高い傾向を示したが, 顕著な差は見られなかった。イカイシル中の主な遊離アミノ酸は, アスパラギン酸, グルタミン酸, アラニン, リジンなどで, イワシイシルではグルタミン酸, リジンが多く含まれていた。いずれも旨味成分のグルタミン酸が多く, イカではアスパラギン酸とリジンの含量が多いことが特徴であった。総遊離アミノ酸量はイカイシルの方が, イワシイシルの場合と比べかなり高い値を示した。このことは,一般成分の全窒素の値を反映しており, 原料由来の差と考えられる。また, 高ミネラル塩を用いたイワシイシルのアルギニンの値は精製塩の場合よりも高い値を示した。しかし, 高ミネラル塩を用いることによって, 精製塩の場合より減少したアミノ酸成分もあり, イシルの試醸については, 高ミネラル塩使用による明白な発酵(分解)促進等の効果は認められなかった。
また, 有機酸組成では, イカイシル及びイワシイシルいずれの場合も, 乳酸とピログルタミン酸が有機酸の大部分を占めていた。乳酸量にばらつきが見られるのは乳酸発酵による影響と考えられるが, 高ミネラル塩使用による乳酸発酵促進の効果とは明確に言えず, 今後さらに検討する必要がある。
イシル中の金属イオン濃度については, イカイシル及びイワシイシルいずれの場合も, 高ミネラル塩を用いた場合, 市販品や精製塩の場合に比較して, マグネシウム含有量が非常に高く, イカイシルでは3倍以上, イワシイシルでは4倍以上の高い値を示した。このことは, 高ミネラル塩のもつカルシウムやマグネシウム含量の高い特徴が反映されたものと考えられる。

3.6 高ミネラル塩を用いた菓子への応用
 高ミネラル塩及び市販塩を用いて試作した塩味パン菓子とシャーベットの2品目について, 官能検査を行った結果をそれぞれ図5, 図6に示す。

(図5 各種仕込水による試醸酒の成分分析)

(図6 高ミネラル塩を用いたイシルの成分分析)

高ミネラル塩を用いたパン菓子は, 塩みが強いとのコメントが多く, 後味についての評価も低かった。一方, 市販塩を用いたパン菓子は, 美味しく, 甘みが感じられ, 総合的に高い評価を得た。
表6 高ミネラル塩を用いたイシルの成分分析
また, 高ミネラル塩を用いたシャーベットは, 味がまろやかで美味しく感じられ, 後味もすっきりしているとのコメントが多かった。市販塩を用いたシャーベットは, 高ミネラル塩に比較して苦味が感じられた。後味の良さからも高ミネラル塩の方が総合的に高い評価を得た。

4.結  言
1.淡水化装置を用いて, 海洋深層水から54atmで脱塩率が99.5%以上の淡水を53L/hr調製可能であった。2.電気透析装置を用いて, 約50分の処理時間で, マグネシウムやカルシウムなど2価の陽イオン比率を高めたミネラル水を調製可能であった。
3.脱塩水と脱塩水に海洋深層水をそれぞれ1.5%, 3.0%加えた3種類の水で低アルコール清酒を試醸した結果, 海洋深層水を添加した仕込み水を用いた清酒は, 普通水に比べ, マグネシウムやカルシウムの含有量が高かった。
4.高ミネラル塩を用いてイカとイワシのイシルを試醸した結果, 精製塩イシルに比較してマグネシウムやカルシウムなどは高い値を示した。
5.高ミネラル塩を用いてパン菓子とシャーベットに応用した結果, シャーベットは市販塩の場合と比較して後味もよく総合的に高い評価を得た。

参考文献
1) 大野正夫, 中島宏, 上野?. 身体に効く海洋深層水パワー. 東京, 角川春樹事務所, 2002.
2) 中島敏光. 海洋深層水の利用. 東京, 緑書房,

2002.             
3) 富山湾深層水を考える会編. 深層水ってなに?.
富山, 北日本新聞社, 2001.
4)松田章, 松田喜洋, 道畠俊英, 佐無田隆. 石川県工業試験場研究報告.No.50, 2001, p.36-41.
5)注解編集委員会編. 第4回改正国税庁所定分析法注解. 東京, (財)日本醸造協会, 1993.
6)道畠俊英, 佐渡康夫, 榎本俊樹, 矢野俊博. 日本食品科学工学会誌.No.47, 2000, p.241-248.
7)日本食品工業学会食品分析法編集委員会編. 食品分析法. 東京, 光琳, 1982.
8)日本食品科学工学会新・食品分析法編集委員会編. 新・食品分析法. 東京, 光琳, 1996.
9)久武陸夫, 上東治彦, 森山洋憲, 鶴田望. 醸協. No.95, 2000, p.478-484.




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