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 ギガ周波数帯用電波吸収材の開発
 化学食品部 ○北川賀津一 豊田丈紫
 電子情報部 吉村慶之

 ギガ周波数帯域で電波吸収特性に優れた電波吸収体を開発することを目的に,炭素繊維を含む交織織物,電波吸収体及びアルミ箔による三層構造の電波吸収体を試作した。この試料の斜入射吸収性能を1GHzから13GHz周波数帯域で測定した。その結果,炭素繊維織物の導電性と格子パターンを調節することで,電波吸収性能が改善されることが判った。また試作した電波吸収体複合材料は5.8GHzで20dB以上の吸収性能を示した。
キーワード:炭素繊維織物,交織織物,電波吸収体,斜入射

Development of Gigahertz Electromagnetic Wave Absorber

Kaduichi KITAGAWA, Takeshi TOYODA and Yoshiyuki YOSHIMURA

The practical application of carbon fiber textile for an electromagnetic wave absorber was investigated in the gigahertz frequency range. A three-layer absorber was made of union cloth containing carbon fiber, rubber sheet, and aluminum foil. The electromagnetic wave absorption against oblique incidence was measured in the frequency range from 1GHz to 13GHz. The absorption property was improved by adjusting the carbon textile conductivity and the width of the line pattern. The composite material showed an absorption value of 20dB or higher at 5.8GHz.
Keywords: carbon fiber textile, union cloth, electromagnetic wave absorber, oblique incidence

1. 緒  言
近年,高度情報化が進むに従い,利用周波数領域の多様化及び電磁波の空間への放射が増大している。また,病院やオフィス等の建物,飛行機や高速道路等の交通機関は電磁環境が悪化し,漏洩電磁波が電子機器等の誤動作を引き起こす要因となっている。
無線LAN, ETC1), ITS2)等に使用されている特定周波数域では,放射電磁波の防止策が必要であり,電波吸収体の需要が急速に高まっている。
従来,電波吸収体はあらかじめ選択した単一材料で利用され,所望の周波数やその周波数での最大反射減衰量といった整合条件を満たすために,材料の厚みを変える方法がとられている。
本研究では,磁性・誘電性複合体の表面に面状導体を周期的に配置したもの(以下,表面整合型電波吸収体と呼ぶ)を提案し,その電波吸収性能の評価を行った。

2. 電波吸収体の概要
2.1 電波吸収の概念
 電磁波吸収とは,電磁波エネルギ,即ち自由空間や無損失媒質中を伝搬する電磁波によって運ばれるエネルギが,ある物質内(損失媒質)で熱エネルギに変換される現象である。損失媒質内を伝搬する電磁波(平面波)の電界Eは式(1)で,伝播係数γは式(2)で表される3)。ここでαは減衰定数,βは位相定数,ωは角速度,tは時間,zは距離,j=√(-1)である。
電磁波が吸収されるか否かは伝播係数γに起因しており,γが実数でも純虚数でも電磁波吸収は起こらず,γが複素数の場合のみ電磁波吸収が起こる。電波吸収体は図1に示すように試料背面を電磁波シールド材で短絡して用いる。図1の左から入射した電磁波は表面で反射係数分だけ反射され,残りは透過される。透過した電磁波はシールド材に到達するまでに指数関数的に減衰損失し,シールド材で完全に反射する。その反射波は電波吸収体の表面に達するまでに同様に減衰し,表面で透過波,2次反射波となり,この過程を繰り返す。電波吸収体の反射係数が大きい場合,表面からの反射波が大きくなる。また,透過係数が大きい場合,シールドからの反射波が表面から透過して反射波として振舞う。従って,良好な電波吸収特性を得るためには,反射係数と透過係数を同時に小さくする必要がある。

(図1 電波吸収概念図)

2.2 電波吸収の種類
 電波吸収体は,磁性電波吸収体,誘電性電波吸収体,導電性電波吸収体に分類される。
先ずは磁性電波吸収体の磁性体について述べる。磁性体は交流磁化の低周波数では磁壁移動によって磁化が進行するが,周波数が高くなると磁界変化に磁壁移動が追従できず磁壁共鳴が生じる。ギガヘルツ以上の更なる高周波になると回転磁化によって磁化が進行するが,回転磁化もある周波数以上で遅れを生じる4)。回転磁化の運動は,異方性磁界により容易磁化方向に束縛されている磁気モーメントが,重力下のコマの回転運動と同じく,ある周波数の磁界下において容易磁化方向軸のまわりで才差運動(首振り運動)する現象である。
なお,磁性電波吸収体の材料は,焼結フェライト,軟磁性金属,鉄カルボニル5)などに分類される。さらに,フェライトは,スピネル型フェライト6),プレーナー型(Y型7),Z型8))フェライト,軟磁性金属粒子複合体9),マグネトプランバイト(M)型フェライト10)に細分類される。
磁性の発現は,スピネル型フェライトを例にとると,化学式MeO・Fe2O3(Me: Ni, Mn, Zn, Cu, Mg)で表され,スピネル結晶構造をもつ。スピネル構造の単位胞は32個の酸素イオンと24個の金属イオンで構成され,金属イオンを囲む酸素イオンによって2つの副格子が形成される。一つは酸素イオン4個に囲まれる四面体(Aサイト),もう一つは酸素イオン6個に囲まれる八面体(Bサイト)である。一般に鉄系の遷移金属はスピンが一つ余りやすく,AサイトとBサイトではこのスピン同士が逆向きをとり磁性をうち消しあう傾向がある。これを超交換相互作用と呼ぶ。また,AサイトとBサイトのスピンの数は異なるのでその差が磁性発現の原因となる。マグネトプランバイト型六方晶フェライト,W型,Z型六方晶フェライト,ガーネット型酸化物の磁性発現も同様であり,いくつかの副格子で超交換相互作用が働き,磁性が現れる。スピネル型フェライトは異方性磁界が小さいためSnoekの理論4)から周波数限界が数GHzに存在する。
次に誘電性電波吸収体について述べる。誘電性電波吸収体は抵抗率が非常に高く直流電流はほとんど流れないが,高周波数領域では静電容量に電流が流れるため損失が大きく現れる。
最後に,導電性電波吸収体について述べる。導電性電波吸収体は抵抗体,抵抗線,抵抗皮膜で形成され,導電電流によって電磁波エネルギを熱エネルギに変換する。電波吸収体の導電性を用いたものには炭素粉末を分散したものや,抵抗被膜がある。抵抗被膜は電磁波の垂直入射を基準としているので斜入射では吸収性能を示さない。
 以上のように,電波吸収体材料には多くの種類があり研究が進められている。今回はビニロン織物に炭素繊維で格子状パターンを形成した新規の導電性電波吸収体を試作し,これを通常の電波吸収ゴムシートと積層して実験に用いた。

3. 実験方法
3.1 電波吸収体の形状
電波吸収体は図1に示す電波吸収シートに伝導体を積層した複合型電波吸収体を使用した。電波吸収体のシートは株式会社テイカ製磁性・誘電性複合体ゴムを使用した。この電波吸収シートは鉄カルボニルと酸化チタンをゴムと混合し,押出成形したものである。試料背面はアルミ箔で短絡した。電波吸収ゴムシート上に図2に示すような格子状パターン11)を配置し,格子幅は3mmとした。また,電波吸収体の構成は表1に示す伝導体,保持材,格子幅とした。

(図2 格子状パターン)

(表1 電波吸収体の構成と格子状パターンの格子幅)

3.2 材料定数及び電波吸収測定
複素比透磁率μrと複素比誘電率εrの測定は,37269型Willtron社製ベクトルネットワークアナライザーを用いて同軸導波管法で行った。複素透磁率μrと,複素誘電率εr は,37269型ネットワークアナライザーから同軸導波管上に取り付けた同軸試料ホルダーに挿入した試料に50Ω,又は0Ωの終端負荷を付けてTEM波を入射し,反射減衰量と位相角を測定し導出した。
また,電波吸収の測定は,周囲の反射体からの反射電磁波等の影響を軽減させるため,電波無響室内で図3に示す木製のアーチ状支持台を用いた。アーチ状支持台には,送信用と受信用のセミダブルリジッドガイドアンテナ(EMCO製)を取り付け,電磁波の入射角度を10°,20°,30°,45°,60°に変化させ,測定試料の斜入射特性を測定した。なお電波吸収量測定にはアンリツ(株)製ネットワークアナライザーME7808Aを使用し,試料と同じ表面積の完全反射体である金属板の反射減衰量を基準として,背面にその金属板を置いた場合の試料の反射減衰量(S21)を測定し,その差を試料の電波吸収量とした。

(図3 空間での電波吸収量測定)

4. 結果と考察
4.1 電波吸収理論と材料設計
 2 電波吸収体の概要で述べたように,良好な電波吸収特性を得るためには,電波吸収体の反射係数と透過係数を同時に小さくする必要がある。また一般に,電波吸収体が備えるべき条件は,1)効率よく入射電磁波が電波吸収体に取り込まれること,2)電波吸収体に取り込まれた電磁波が熱エネルギに変換され消費されることが必要である。
 電波吸収体の原理は図4に示すように分布定数線路で現される3)。短絡した場合の終端負荷インピーダンスをZLとすると,試料の特性インピーダンスZCの分布定数線路終端から距離d終端側を見込んだ規格化入力インピーダンスZinは,伝播定数をγcとすれば
(3)
ZC,γcと複素透磁率μr,複素誘電率εrの間には
(4)
(5)
の関係が成立する。シールド材は高導電性材料であるのでそのインピーダンスZLを0として,(3),(4),(5)より次式が成立する。
(6)
ここで反射係数Sは式(7)のように表され,Sを0に近づけるように電波吸収体は設計されている。
(7)

(図4 電波吸収体の分布定数線路)

なお,材料定数は以下の手法で求めた。負荷(50Ω),短絡(0Ω)時の規格化インピーダンスを式(3)に準じて求める。試料の特性インピーダンスZC,伝播係数γcは式(4),(5)とともに次式が成立する。ZinoとZinsは各々開放,短絡時の規格化入力インピーダンスである。
(8)
(9)
式(4),(5),(8),(9)から複素透磁率,複素誘電率は次のようになる。
(10)
(11)

4.2 電波吸収複合体の材料定数
 一般に,材料定数(複素透磁率と,複素誘電率)が求まれば式(6),(7)から電波吸収特性が求まる。よって材料定数の測定は重要項目の一つとなっている。ここでは,鉄カルボニル,酸化チタンとゴムの複合効果を検討した。
ZC,γcはネットワークアナライザーを用いて測定した。その値から式(10),(11)を用いて計算した複素透磁率μr(μ',μ")と,複素誘電率εr(ε',ε")の周波数(1GHz〜13GHz)依存性を図5に示す。
測定の結果,誘電率実部ε'は周波数とともに減少した。一方,誘電率虚部ε"は周波数とともに増加した。透磁率実部μ'は,1GHz以上では単調に減少した。透磁率虚部μ"は,約2GHzを境として小さくなる分散現象が認められた。鉄カルボニルの磁性損失が1GHz付近の比較的周波数の低い領域で,酸化チタンの誘電損失は6GHz以上の比較的高周波数領域で効果があることがわかる。上記鉄カルボニル,酸化チタンとゴムの複合効果により電波吸収性能が発現している可能性が示唆された。

(図5 電波吸収体の材料定数)

4.3 電波吸収特性
電波吸収特性は,図6に示す内容を対象に調べた。また,磁性・誘電性複合体は,Fe/Ti=60/40(FeとTiの投入モル比),縦×横×厚み=50cm×50cm×2.5mmに成形した磁性・誘電性複合体ゴムとした。
 なお,電波吸収体の構成は表1に示した通りである。

(図6 電波吸収特性の解析対象要因)

4.3.1 電波吸収体−シールド材の電波吸収
特性
2.4GHz品と5.8GHz品の磁性・誘電性複合体ゴムの電波吸収特性を図7に示す。2.4GHz品(図7上)では共振周波数1.9GHzで最大18dB,5.8GHz品(図7下)では共振周波数5.8GHzで最大20dBの吸収性能があった。いずれも入射角度30°で最も吸収特性が良く,その次が45°で良くなった。

(図7 電波吸収体−シールド材の電波吸収特性)

4.3.2 炭素繊維織物−電波吸収体−シール
ド材の電波吸収特性
次にビニロン織物とポリエチレンフィルム上に格子状パターンを作製し,電波吸収体と積層し電波吸収特性を調べた。
まず,ビニロン織物上に炭素繊維で格子状パターンを作製した電波吸収体の測定結果を図8に示す。
2.4GHz電波吸収体(図8上)は,表1に示したNo.3~No.5,つまり格子間隔28~45mmで30dB以上の吸収量が得られた。18mm以下と75mm以上の格子間隔では吸収量の低下が観測された。入射角度は20°と30°が良好であった。格子間隔が狭くなると,吸収量が多い入射角度が10°となり,より低角度側に移動し,共振周波数が2GHzよりも小さくなった。
一方,5.8 GHz電波吸収体(図8下)は,表1に示したNo.1~No.3,つまり格子間隔45mm以上で30dB以上の吸収量が得られた。また,2.4GHzと同じく,入射角度は20°と30°が良好であり,格子間隔が狭くなると,吸収量が多い入射角度が10°となり,より低角度側に移動した。格子間隔が2.4GHzの場合と異なるのは,格子間隔が狭くなると,共振周波数が高周波数側に移動するためである。


(図8 炭素繊維交織織物(一ノ宮織物提供)−電波吸収体−シールド材の電波吸収特性)

 比較として,ポリエチレンフィルム上にアルミ箔で格子状パターンを作製した結果について述べる。2.4GHz電波吸収体は,30dB以上の吸収量が得られるのは表1で示したNo.C,つまり格子間隔が48mmの場合であった。また入射角度は10~30°が良好であった。一方,5.8GHz電波吸収体は,格子間隔の若干狭いNo.AとNo.B,つまり格子間隔30mmと37mmで吸収量が30dB以上となった。なお,共振周波数はいずれも6GHz以上となる傾向があった。
 以上の格子状パターンを用いた電波吸収特性結果をまとめ最大吸収量と測定周波数をプロットしたものを図9と図10に示す。
導電性物質で格子状パターンを形成したものを通常の電波吸収体表面に積層することにより,吸収性能が向上したのは,式(6)に従い,積層化により電波吸収体の規格化入力インピーダンスZinが電波吸収に適した値に変化したためと考えられる。また,格子状パターンを形成する素材として炭素繊維織物とアルミ箔いずれも類似した吸収特性を示すが,若干異なる傾向も見られた。これはマトリックスに用いたビニロン繊維とポリエチレンフィルムの違いと考えられる。

(図9 2.4GHz電波吸収体を用いた場合の格子間隔と最大電波吸収量)

(図10 5.8GHz電波吸収体を用いた場合の格子間隔と最大電波吸収量)

5.結  言
 表面整合型電波吸収体の電波吸収特性について検討した結果,以下の結論を得た。
(1)炭素繊維とアルミ箔で格子状パターンを形成したものを通常の電波吸収体表面に積層すると,吸収性能が増加した。これは電磁波が格子状パターンで熱エネルギに変換されたためと考えられる。また,電波吸収性能に大きな影響を持つ電波吸収体の規格化入力インピーダンスZinが電波吸収に適した値に変化するためと考えられる。
(2)格子状パターンの格子間隔で吸収特性は大きく変化した。炭素繊維で2.4GHz電波吸収体の場合は,格子間隔28~45mmで30dB以上の吸収量が得られた。一方,5.8 GHz電波吸収体は,格子間隔45mm以上で30dB以上の吸収量が得られた。なお,アルミ箔の場合にも炭素繊維と似た吸収特性が得られたが,違いもみられた。これはマトリックスに用いたビニロン繊維とポリエチレンフィルムの違いと考えられる。

謝  辞
 本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた防衛大学校通信工学科教授,山本孝氏,炭素繊維織物を提供していただいた活黹m宮織物,御協力いただいた三谷産業梶C小松精練鰍ノ感謝します。

参考文献
1) 栗原, 平井, 滝沢, 布山. EMCJ2000-117 No. 12.
2) 建設省監修. Intelligent Transport Systems Handbook in Japan, 1997.
3) 橋本. 電波吸収体入門. 森北出版, 1998.
4) 金子, 本間. 磁性材料. 日本金属学会, 1985.
5) M. Chino, T. Yamamoto, A. Oshimoto. Ferroelectrics. Vol. 93, 1989, p. 67.
6) 内藤, 藤原. 信学論B, 53B, 1970, p. 537.
7) 小田, 乾. 粉体および粉末冶金, Vol.46, 1999, p. 88.
8) 遠藤, 中野. 粉体および粉末冶金, Vol. 49, 2002, p. 124.
9) 内藤他. 信学論B, 54B, 1971, p. 16.
10) S. Sugimoto et al., Mater. Trans., JIM, Vol. 39, 1998, p. 1080.
11)小塚, 天野. 信学技報. No. 12, 2001, p. 79-84.




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