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 マグネシウム合金板材のボス出し成形技術
 機械金属部 ○多加充彦 藤井要 高野昌宏
 コマツ産機(株)鍛圧KBU ○三吉宏治

プレス加工による携帯機器用のマグネシウム合金製筐体の製造において,板材にボスのような厚肉部を成形することが重要な技術的課題となっている。そこで,本研究では温間鍛造によりマグネシウム合金の板材にボス出し成形する方法ついて検討した。まず,後方押出しによるマグネシウム合金板材の変形挙動をFEMと実験により解析した。さらにボス背面に生じるヒケを防止するため,ボス上面に背圧を負荷する方法について検討した。また,素材加熱と成形の工程を1ストローク内で連続して実施することができるCNCフリーモーションプレスを用いて筐体モデルの成形実験を行い,実用的なマグネシウム合金筐体成形における諸条件の影響について評価した。
キーワード:後方押出し,マグネシウム合金,プレス機械,有限要素法,背圧

Boss Forming Technology for Magnesium Alloy Sheets

Mitsuhiko TAKA, Kaname FUJII, Masahiro TAKANO and Koji MIYOSHI
   
In the production of magnesium alloy cases for portable equipment by press forming, the formation of thick parts such as bosses on a sheet is an important technical issue. In this study, a method of forming a boss on a magnesium alloy sheet by warm forging was examined. First, the deformation behavior of a magnesium alloy sheet by backward extrusion was analyzed by FEM and through experiments, and a method of loading counter pressure on the top of a boss was examined for preventing shrinkage of the rear of the boss. Moreover, a test involving the formation of a case model using a CNC free motion press machine that can perform heating and forming consecutively within one stroke was carried out, and the influence of various conditions on the practical forming of magnesium alloy cases was evaluated.
Keywords:backward extrusion, magnesium alloy, press machine, FEM, counter pressure

1.緒  言

図1 携帯機器の筐体裏側のイメージ
プラスチックに代わる軽量化材料として注目されているマグネシウム(Mg)合金は,比強度,耐くぼみ性,放熱性,電磁波シールド性,リサイクル性などにも優れた特性をもち,携帯電話やノートパソコンなどの携帯用電子機器の筐体(ケース)に利用されるようになってきた。現在,Mg合金の筐体成形は結晶構造上常温での加工性が悪いため,溶解または半溶融にして成形するダイキャスト法やチクソモールディング法が主流となっている1),2)。これらの製造法は,複雑な形状でも成形できる反面,再凝固プロセスを伴うために表面欠陥が生じやすく,成形後のバリ取りやパテ埋め・研磨に手間がかかる欠点がある。
 そのため,板材を用いるプレス成形への検討が行われている3)。この方法も加熱を必要とするが,成形温度は200〜400℃程度であるため再凝固プロセスがなく,先の二つの成形法に比べて成形品の表面品質は良く,歩留まりの向上が期待できる。しかも,成形後は加工硬化によって強度が向上し,より一層の薄肉軽量化が可能である。
 ところが,絞り加工のような板材成形では,図1に示すような筐体の裏側に,補強や組み付けのために必要なボス形状などの厚肉部を一体成形することができない。これに対し,鍛造加工は大きな加圧力により材料を流動させるため成形自由度が高く,厚肉部も成形可能であると考えられる。特に最近では加工内容に応じてスライド速度や下死点位置などを任意に設定できるフリーモーション機能を備えたCNC油圧プレスやACサーボプレスが普及し,鍛造加工によるMg合金の成形が行われている4)。しかし,板材での適用実績は少なく,高いボス形状を有する筐体成形は行われていない。
 そこで本研究は,CNCフリーモーションプレスを用いた温間鍛造加工によってMg合金の板材からボス出し成形する方法について検討し,筐体への適用について考察することにした。

2.Mg合金板材のボス出し成形特性
2.1 後方押出し加工

(図2 後方押出し金型の概略)

(図3 FEM解析モデル)

Mg合金の板材からボス形状を成形する具体的な鍛造加工法として後方押出し加工を適用し,その成形特性を把握するため,FEM解析や実験を実施することにした。図2は金型構造の概略を示したもので,直径20mmのパンチの中央に内径5mmの円筒が設けられている。ダイに設置した素材は,パンチによって上面が加圧されると,パンチ中央部の円筒内には進行方向とは逆向きに材料が流れ込み,ボスが成形される。
 
2.2 FEM解析による成形評価
2.2.1 解析モデル
 素材の板厚,パンチのコーナ半径における成形特性を調べるため,FEM解析を実施した。解析ソフトは,二次元剛塑性FEM鍛造シミュレータ(Virtual Forging:コマツ産機(株)製)を用いた。
解析モデルには,図3に示すように軸対称においてパンチとダイによって囲まれた工具キャビティ空間を要素分割したモデルを用いた。ここではパンチのコーナ半径Rを0.5,1.0,2.0mm,素材の板厚tを1.5,3.5,5.5 mmとし,各条件を組み合わせた9種類のモデルを作成した。解析は,パンチ境界部に対し加圧方向にVp=30mm/s,ダイ境界部にVd=0の工具速度を境界条件として与え,据込み量が0.5mmになるまでの変形挙動を求めた。ここで,Mg合金の変形抵抗は117.6MPaの一定値とし,素材と金型との摩擦係数を0.1とした。

2.2.2 解析結果
 解析の結果,すべてのモデルにおいて据込み量の増加に伴って材料が流動し,ボス形状に変形した。図4に各モデルの据込み量0.5mmの変形状態を示す。この図より,同じ板厚ではRが大きいほどコーナ部の体積に材料が使われるため,ボスの高さは低くなっていることがわかる。
 一方,ボス背面の状態をみるとt=1.5mmの場合,据込み量が増加するとヒケが発生し,Rが小さいほどヒケは大きくなった。この原因は,パンチの加圧により円筒中心方向に材料が流れる速度に比べ,円筒上部に材料が押し出される速度の方が大きく,しかもRが小さいほどその速度差が大きくなること,さらに板厚が薄いとヒケを充填する材料が確保できないことが考えられる。

2.3 プレス成形実験による成形評価
2.3.1 実験方法
解析と同様,パンチコーナ半径0.5,1.0,2.0mmの3種類の金型を製作し,CNC油圧プレス(HAF100:コマツ産機(株)製)を用いて成形実験を行った。供試体はAZ31Bを用い,直径20mmで厚さ1.5,3.5,5.5mmの形状に切断加工した。実験は,まず水性黒鉛の潤滑剤を塗布した供試体を金型に設置し,その状態で電気炉によって350℃に加熱した。次に図5に示すように加熱した金型をプレス機械に設置し,スライド速度30mm/sで加圧し,下死点で5秒間保持する条件で成形を行った。

(a)t=1.5mmの場合

(b)t=3.5mmの場合

(c)t=5.5mmの場合
(図4 FEM解析結果)

2.3.2 実験結果

(図5 プレス成形実験風景)
(図6 成形物の外観)

(図7 ボス出し成形実験結果)
(a)t=1.5mmの場合   (b)t=3.5mmの場合
(図8 ボス断面形状)

図6に成形物の外観を示し,図7にボス出し成形特性として板厚tとコーナ半径Rの各水準における据込み量とボス高さ(=ボス厚−底板厚)の関係を示す。図7よりRの影響はほとんどみられないが,据込み量にほぼ比例してボスが高くなることがわかる。
また,背面ヒケに関しては,t=1.5mmのすべての水準とt=3.5mmの一部の水準でヒケが発生した。図8(a)にt=1.5mm,図8(b)にt=3.5mmで背面ヒケの発生したボス断面の写真を示す。図よりt=1.5mmの場合はボス内部の奥までヒケが生じているのがわかる。  
一方,t=3.5mmの場合はボス内部に材料は充填されておりヒケの程度は小さい。しかし,解析結果と異なりヒケが生じたのは,解析では変形抵抗を一定値としたのに対し,実際のMg合金は加工ひずみが増加すると変形抵抗が低下するためであり,このことが押出し方向への材料流動を促進させると考えられる。

3.背面ヒケの解消法
3.1 背圧成形
解析および実験結果から,筐体成形に薄い板材を用いるとボス背面に表面欠陥のヒケが発生する。ヒケの発生を防止するには,できるだけ厚肉の素材を用いることが望ましいが,筐体全体の体積を考慮すると板厚の大きさには制約がある。そのため,薄い板材に対してボス背面のヒケを防止する工夫が必要となる。そこで,最近ネットシェープ鍛造技術として利用されている背圧成形5)の適用を試みることにした。この方法は浮動工具を用いて一定の背圧を加えながら押出し加工を行うもので,押出し先端部の変形速度を抑制し,未充填部に材料を流動させることが可能である。

3.2 FEM解析と実験評価
 背圧成形の効果を確認するため,図2に示した金型に対し,ピン状の浮動工具をパンチの円筒内に挿入し,押出し加工時に背圧を付加した場合の成形特性を解析および実験によって評価することにした。
 FEM解析では,図3で示した解析モデルを用い,境界条件として浮動工具が接触する素材上面に0〜1961Nの背圧荷重を与えたときの変形を求めた。
 図9にt=1.5mm,R=0.5mmのモデルの解析結果を示す。図より背圧荷重が大きいほど,ボスは低くなるが,背面ヒケは減少する傾向を示した。
一方,実験はコイルスプリングによって浮動工具に1471Nの背圧荷重を与えて成形を行った。
図10にt=3.5mmの場合のボス断面形状を示す。この場合,完全にヒケをなくすことはできなかったが,図8(b)と比較してヒケ量は減少した。したがって,背圧荷重をさらに増加させるとヒケ部に材料が流動するものと考えられ,押出しと同時にボス先端部に背圧を付加する方法は,ボス高さの減少を伴うが背面ヒケの解消には有効であると考えられる。

(a)背圧無し
(b)背圧980N
(c)背圧1471N
(d)背圧1961N

(図9 背圧成形の解析結果)

(図10 背圧成形によるボス断面形状)

4.筐体モデルの成形
4.1 フリーモーションプレスを用いた成形法
CNC油圧プレスやサーボプレスのようなフリーモーションプレスは,任意にスライドの位置や速度を制御できる機能をもつ。一方,Mg合金の成形では,成形前に所定の温度に素材を加熱する必要がある。そこで,フリーモーションプレスと温度制御が可能なヒータを内蔵した金型を併用することで素材加熱と成形を1ストロークで行う方法を用いることにした。この方法は成形温度の管理が容易となり,成形品のバラツキを少なくすることが期待できる。
ここでは,このフリーモーションプレスを用いた後方押出しによる筐体モデルの成形実験を実施し,その結果から筐体成形適用への考察を行った。

4.2 実験方法

(図11 筐体モデル)

供試体は,直径30mm,板厚3mmのAZ31Bを用い,図11のような中央に直径5mmのボス形状と周囲に1mm厚の側壁を有するカップ形状を筐体に見立てて成形する。

(図12 筐体モデル成形用金型の基本構造)

(図13 成形スライドモーション)

(図14 実験装置の外観)

成形は,図12に示すような上型と下型にヒータが内蔵された構造の金型を用い,図13に示すスライドモーションによって実施した。素材加熱は,パンチの下降によってダイクッションに反力が生じ,パンチとカウンタパンチに隙間なく素材が挟まれることで効率的な伝熱によって行われる。なお,加熱時間はスライドの下降速度を可変することによって調整することができる。図13の場合,5mm/sの下降速度により,約4秒間で素材を所定温度に昇温させることになる。また,成形は2.5mm/sの下降速度で加圧し,底厚が1mmになる据込み量までパンチを下降させる。図14に本実験で用いたCNC油圧プレス(HAF100:コマツ産機(株)製)と金型の外観を示す。
 実験では,無潤滑,油性潤滑剤,黒鉛系油性潤滑剤,黒鉛系水溶性潤滑剤,黒鉛系二硫化モリブデンの5種類の潤滑条件について,成形温度250,300,350℃における成形性を比較した。さらに,背圧の影響を調べるため,背圧無しと背圧荷重5000,10000Nを付加した条件での成形実験を行った。

4.3 実験結果
 図15に各潤滑条件における成形温度と成形荷重との関係を示す。この結果より,いずれも成形温度を高くすると,素材の変形抵抗が低下するため,成形荷重は減少する傾向を示した。ただし,無潤滑および油性潤滑剤の場合,350℃では焼付きが生じ,成形不能であった。これに対し,黒鉛系の潤滑剤はすべての温度で成形荷重は低く抑えられており,特に黒鉛系油性潤滑剤の場合が最も良い成形性を示した。

(図15 潤滑条件における成形性比較)

また,背圧荷重による成形実験の結果を図16に示す。ボス成形側の写真より,背圧の大きさにかかわらず側壁の成形状態はほぼ同じで,ボス高さのみが変化している。つまり,背圧がボス部の成形に対し,効果的に作用していると考えられる。ボス高さは,背圧無しの場合が最も高くなったが,背面ヒケが生じた。一方,背圧荷重10000Nの場合はヒケが生じなかったが,ボス高さは底板厚よりわずかに高くなるに留まった。これに対し,背圧荷重5000Nの場合は10000Nの場合よりも高いボスが成形され,しかも図図18 金型の温度分布
17に示すようにボス背面は平坦になっている。よって,本実験で背面ヒケが無く,厚肉のボスが得られる成形条件は背圧荷重5000Nの場合となった。
これらの結果より,筐体成形において,厚肉が必要な箇所に背圧荷重を付加する方法を用いることで背面のヒケ発生を防止することができ,しかもその厚さは背圧荷重の大きさで制御できると考えられる。ただし,背圧荷重が不十分であると背面ヒケが解消されないため,必要な背圧荷重の大きさを把握しておくことが必要である。
 一方,図16の側壁部の成形状態を観察すると,全周の高さが均一になっていない。これは素材の温度分布が均一でないために変形抵抗にも違いが生じているためと考えられる。このことは図18の赤外線サーモグラフィで観察した金型表面の温度分布にみられるように,熱源のヒータとの距離によりパンチ表面に温度差が生じていることから推察できる。したがって,成形品のバラツキをなくすには金型の温度分布を均一化する工夫が必要と思われる。
最後に,外観の品質として,黒鉛系の潤滑剤を用いると図16にみられるように成形物の表面に黒く潤滑ムラが残る。この潤滑ムラは成形時の熱影響で素材表面に溶着しており,有機溶剤などの洗浄では除去できない。したがって,現状では研磨・塗装の後処理が必要であり,この潤滑剤の問題解決が実用的な筐体成形への課題であるといえる。

5.結  言
 以上,フリーモーションプレスを用いた後方押出し加工によるMg合金板材のボス出し成形について検討した結果,以下の結論を得た。
(1) 後方押出し加工によるボス出し成形において,板厚の薄い素材を用いるとボス背面に表面欠陥となるヒケが発生する。
(2) ヒケ対策として,浮動工具を用いた背圧成形が有効であり,背圧の大きさを制御することでボス高さの調節が可能である。
(3) 成形品の品質向上のためには,金型温度分布の均一化の問題や潤滑剤の問題を解決することが重要である。

参考文献

(図16 背圧成形の実験結果)

(図17 ボス断面形状)

1)日本マグネシウム協会編.マグネシウム技術便覧.カロス出版.2000.p55-276.
2)日経メカニカル1996. 12. 9 No. 495. 1996. p52-63.
3)相田収平, 田辺寛, 須貝裕之, 高野格, 大貫秀樹,小林勝.軽金属.50, 9, 2000.p456-461.
4)日経メカニカル1999. 10 No. 541. 1996. p16-18.
5)安藤弘行, 三吉宏治. 塑性と加工. Vol. 41, No. 477, 2000. p990-994.




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