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熱処理シミュレーションの生産現場への適用

■機械金属部 ○谷内大世,藤井要,舟木克之

1.目 的
 近年,生産現場における試作工程の低減のため,シミュレーションの活用が注目されている。シミュレーションを有効に活用するためには,適切な入力条件の設定に加えて,結果の妥当性の検証等,考慮すべき点がある。本報告では,適用例が少ない熱処理シミュレーションの生産現場への適用に向けた取組みとして,(1)変形予測解析を金型の変形低減に活用した事例,及び(2)高周波移動焼入れにおける結果の妥当性の検討を行った事例について報告する。

2.内 容
2.1 金型の熱処理変形の予測
 金型(SKD11)に熱CVDコーティングを行った際に生じる変形原因の解析とその対策を行うため,三次元測定機による形状測定と熱処理シミュレーションによる変形予測を行った。
 (1)金型の形状測定結果と変形原因の検討
 実験に用いた金型は,中空円柱形状(外径?100mm×内径?50mm×高さ100mm)である。図1は,対策前のコーティング前後における内外径面の高さ方向の形状測定結果であり,内径面および外径面ともにコーティング後は,コーティング前と比べ約10?m〜30?mの変形が認められ,鼓形と樽形に複合変形していた。
 一般に中空円柱形状の焼入れでは,熱ひずみあるいは変態ひずみの影響により,外径面の急熱・急冷の場合は鼓形,内径面の急熱・急冷の場合は,樽形に変形する。金型が鼓形および樽形に複合変形していることから,これらが原因と考えられるが,コーティング工程は焼きなましと同様な熱履歴を与えるので,変態ひずみは変形原因から除外できる。したがって,各部位における加熱冷却時の温度ムラを主要因と考え,コーティングにおける変形原因は,熱ひずみと推察した。また,約1000℃で処理することから,高温加熱時の材料軟化に伴う自重による変形(クリープ)も原因と考えられる。そこで変形原因が,熱ひずみによるものか,クリープによるものかを検討するため,シミュレーション解析を行った。

(図1 コーティング前後の内外径面形状)

 (2)シミュレーションによる変形原因の特定と対策
 変形を生じ易くするため,内径面または外径面のどちらか一方が急熱・急冷になるよう,片側面の熱伝達係数を大きく設定して解析を行った。その結果,図2に示すように,熱伝達係数が大きい面がへこんで,鼓形または樽形となり,実際の変形に近い傾向となった。一方,自重による変形の検討では,高温加熱時の材料軟化と重力を考慮する条件を与えて解析を行った。その結果,形状変化がほとんど生じず,自重による変形は少ないことがわかった。以上より,変形原因は,片側が急熱急冷されることによる熱ひずみと推定した。そこで,金型コーティング時の 加熱・冷却ムラ(熱ひずみ)を低減するように昇温速度,保持温度,冷却速度を変更した。それにより,内径および外径ともに鼓形や樽形の変形が抑制されて,変形量は内外径ともに10?m以下に低減できた。

(図2 変形予測結果)

2.2 高周波移動焼入れの際のシミュレーション条件の検討
 製品全体を加熱急冷する熱処理と比較し,高周波熱処理は局所加熱を行いながら加熱部位が移動し,その後順次冷却される。そのため,より複雑な条件設定が必要となるが,ここでは表層付近に内部発熱領域を設定し,局部加熱した状態で焼入れした際の表面硬度および硬化層深さの変化を数値計算することで,高周波移動焼入れにおけるシミュレーションの適用を試みた。
 (1)高周波熱処理シミュレーション
 周波数120KHzに相当する内部発熱域を設定した際の温度分布を図3に示す。焼入れ可能な温度に加熱される領域は1.4mmであり,その後表面から冷却を与えることで高周波焼入れを再現した。

(図3 表面加熱内部の温度分布)

 (2)解析と実物の比較
 解析結果の妥当性を評価するため,図4に周波数120KHz,コイル移動速度12.0mm/secで高周波移動焼入れしたシャフト(高焼品)より得られた硬さ分布曲線と解析結果の比較を示した。高焼品の表面硬さは最大740HVであるに対し,解析では650HVと若干低く,硬化する領域が0.2mmほど長い。また,高焼品では硬化層から内部硬さへの移行で勾配を示しているのに対し,解析では硬さの勾配を再現できていない。これらの不一致は,実際の高周波焼入れでは急加熱,急冷却であることから,オーステナイト中の炭素が均一になっていないこと等の影響が現れているものと考えられる。今後,入力する解析パラメータのさらなる検討が必要である。

(図4 解析と高焼品の硬さ分布)

3.結 果
 (1)熱処理シミュレーションによる変形予測解析を行い,金型の変形原因を特定した。解析結果を基に昇温速度,保持温度,冷却速度を変更することで,変形を低減できた。
 (2)高周波熱処理における解析結果では,硬さ分布曲線の形状が一致せず,入力するパラメータの検討に課題を残した。