1.目 的 絹は,美しい光沢と優雅な感触を持つため,化学繊維開発の大きな目標とされてきた。近年の製糸技術の著しい発展によって,風合いや感触などが絹に類似した合成繊維素材が開発されたが,絹の持つ適度な吸湿性や肌への優しさ等の性質については達成されていない。一方,絹製品は取り扱いの難しさが需要拡大の妨げとなっており,生産工程でも精練工程で発生するセリシンを主とした排出物の処理対策が課題とされている。石川県は,平成9年度から絹織物産地として世界的に有名なイタリアのコモ地域と地域間交流事業を実施し,工業試験場も同地域のシルク研究所と交流を行ってきた。平成11年度からはさらに両地域の課題を解決する試みとして,同研究所と共同でセリシンを合成繊維に適したコーティング材料として利用する研究を実施した。本発表では,得られた成果のうち,基礎実験で得られた知見をもとに染色加工企業の生産設備でコーティング試験を行った結果を中心に報告する。 2.内 容 共同研究に際し,シルク研究所は原料セリシンの性質と織物のプラズマ処理技術を,工試はセリシンの化学修飾条件,コーティング処理織物の物性評価および生産設備での検討を分担して検討した。また,実際の研究にあたってはシルク研究所と協力関係にあるインスブリア大学が協力し,同大学の研究員と工試職員を両機関に相互派遣することによって実施された。 2.1 コーティング材料の開発 セリシンのコーティング材料への応用についてはこれまでも検討されているが,その多くは洗濯耐久性が低く,セリシンが硬タンパク質であることから処理布帛が硬化するという問題があった。我々は,洗濯耐久性を向上する方法として,親水性のセリシンをジイソシアネートとの化学修飾で疎水性に改質し,疎水性の合成繊維と親和性を高める方法に着目した。ジイソシアネートの種類など,改質条件を検討した結果,セリシンを洗濯耐久性のあるコーティング材にできること,コーティングによって織物の吸湿性を向上できることを確認した。 2.2 生産設備によるコーティング試験 基礎実験の結果をもとに,実際の生産設備を用いてコーティング試験を行い,処理織物の性質を検討した。試験に用いた装置は県内企業が保有するグラビアロール方式の仕上げ加工機である。コーティング用の改質セリシンには,TDI(Toluen-2,4-diisocyanate)で化学修飾したタイプを用い,DMF(N,N-Dimethylformamide)6%溶液とした。実験に用いた織物は,当場で試織した幅約120cmの織物計16点(白生地8点,染色加工布8点,各5〜8m)で,減量加工やプラズマ処理は行っていない。これらを縫い合わせて連続的にコーティング処理を行った。 (図1)に風合い試験機で曲げ剛性を測定した結果を示す。試料はコーティング後の織物,これを柔軟加工した織物および洗濯後の織物である。なお,柔軟加工はタンブラーを用いた。コーティング処理によって曲げ剛性は著しく増加するが,柔軟処理や洗濯によって原布並みに軟らかくできることがわかる。コーティング処理によって繊維表面に形成される皮膜によって風合いが硬化するが,柔軟処理や洗濯で物理的な力を加えて皮膜を破壊することで,風合いを改善する事ができたと考えられる。 (図1 コーティング処理織物の曲げ剛性) (図2 コーティング処理織物の吸湿性) 試料:朱子織物(ポリエステルナイロン極細繊維織物) (図3 展示会に出展した試作品) コーティング前後,柔軟処理後および洗濯後の織物について吸湿性を測定した結果を(図2)に示す。どの織物もコーティング処理によって原布の約2倍の吸湿性を示すようになり,この効果は洗濯20回後も持続している。このことから,実際の生産設備によるコーティング処理でも,基礎実験の結果と同様に,吸湿性が向上し,さらにその効果が洗濯に対して充分耐久性のある織物を製造できることが確認された。 2.3 製品の試作と展示会への出品 生産機械でコーティング処理した染色加工布を用いてドレスやブラウスを試作した。さらに,この試作品をコーティング加工織物8点とともに東京の青山ベルコモンズで平成14年12月2,3日に開催された「いしかわコレクション by デサンテスダリ展」に出展した。(図3)に出展したドレスを示す。当場のインクジェットプリントシステムを用いてプリントしたポリエステルのシルクライク織物をコーティング処理したもので,シルクの風合いと吸湿性を兼ね備えた素材として紹介した。 3.結 果 イタリアシルク研究所との共同研究としてセリシンを合成繊維に最適なコーティング材料とする方法を検討した結果,セリシンをジイソシアネートで化学修飾することによって洗濯耐久性のあるコーティング材料にできること,この改質セリシンをコーティングすることでポリエステル織物の吸湿性を向上できることなどを明らかにした。この基礎実験で得られた知見をもとに,染色加工企業の生産設備で試験を行い,その効果の再現性を確認するとともに,風合い改善も可能であることなどを明らかにした。さらに,処理織物を用いて実際にドレス等を試作し,展示会に出品した。 |
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