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共鳴核反応分析(RNRA)法によるDLC膜中の水素定量評価技術
■機械金属部 安井治之
研究の背景
急速に実用化が進んでいるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜は,一般的に原料として炭化水素系ガスを用いるために,膜中に水素を含有している。そのため,硬さなどの機械的性質が大きく変化してしまう材料である。例えば,DLC膜に水素が含有されると,炭素原子間で共有結合する箇所を水素原子によって終端となってしまうため,炭素の共有結合分が少なくなり,水素含有量の増加とともに,膜の硬度は低下する。そのため,炭素系薄膜中の水素の定量分析が重要であるが,水素は汎用の機器分析法である電子分光法やX線分光法が適用できない特殊な元素である。これまで提案されている水素の評価法としては,共有結合した水素に有効な赤外吸収法や有機物中の水素の化学的定量法,例えば,燃焼法,ガスクロマトグラフィなどがある。しかし,赤外吸収法ではC-H結合等の結合しか分からず,遊離した水素の測定はできない。また,化学的手法においては,破壊的測定法である。
現在,DLC膜の水素定量法としては,加速器を用いた弾性反跳粒子検出(ERDA)法がよく用いられている。本稿では,このERDA法よりも深さ方向の分解能に優れている共鳴核反応分析(RNRA)法による水素の定量測定技術を紹介する。本手法の原理から,DLC膜等の炭素系薄膜を測定した事例を紹介し,DLC膜中の水素定量測定法としての利用を提案する。
研究内容
高エネルギーイオンビームを用いて,膜の表層構造を解析する手法は,イオンビーム解析(IBA, Ion Beam Analysis)法と呼ばれている(図1参照)。IBA法に利用される数MeVオーダーのイオンビームと標的固体中の原子との相互作用の過程は,電子励起過程と核的衝突過程とに分けられる。前者では,一般に,標的原子の内殻電離により,特性X線やオージェ電子が放出されるが,水素原子は内殻電子をもたないため検出手段として利用できない。一方,後者を利用した手法では,核反応を利用するRNRA法,入射イオンにより,それより軽い標的原子を前方向に反跳させ,その反跳粒子のエネルギー分析を行うERDA法などがある。
本稿では,新しい含有水素評価技術として,RNRA法について解説する。この手法は古くからあるが,薄膜に適用した例は少ない。
RNRA法は,水素原子を含めた軽元素の深さ分布を求める手法としては最も精度の高い手法とされている。水素の定量分析に利用できて,最も精度の高い共鳴核反応は,6.385MeVの15Nビームを使用したものであり,その反応は,
1H+15N → 12C+α+γ(4.43MeV)
である。
(図1 高エネルギーイオンビームによる表面分析)
共鳴エネルギー(6.385MeV)の15Nビームを照射したとき,特性γ線収量は標的試料表面の水素量に比例する。ビームのエネルギーが共鳴エネルギーより高いときには,表面の水素はもはや検出されない。その代わり膜中をエネルギーを失いながら15Nビームが進んでいき,ちょうど共鳴エネルギーまで下がった深さのところに存在する水素量とγ線収量とが比例する。このようにして15Nビームのエネルギー対γ線収量を測定すれば,膜中に存在する水素の深さ分布を求めることができる。
RNRA測定は,3MVタンデム加速器(日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所TIARA施設)を用いた。試料とともに,イオンビームの位置決め用のサファイヤ発光体を試料台に並べて固定し,超高真空中に半日以上置いた後,試験に供した。6.385MeVに加速した15N2+ビームを試料に照射し,1H(15N,αγ)12Cの核反応に伴って放出されるγ線の内,4.43MeVのエネルギーを持つγ線について,イオン照射量(10000個,2μC)当たりのγ線収量を測定した。加速された15Nイオンのエネルギーを6.4MeVから6.8MeVまで10keV毎に変化させ,それぞれのエネルギーに対応する位置(深さ)でのγ線収量を評価した。検出器は,NaIシンチレーターで,真空チャンバーの外側に設置し,試料から2cm離れたところで測定した。測定装置の概略を図2に示す。
次に,DLC膜中の水素含有量測定結果の一例を示す。図3は,(a)水素含有量が既知の非晶質Si標準試料,(b)プラズマ源イオン注入(PBII)法で作製したDLC膜, (c)イオンプレーティング法で作製したDLC膜について, RNRA測定を行った結果である。まず,標準試料についてみると,6.47MeV付近に吸着水素のピークが観察される。6.6MeV以上ではγ線収量は一定値を示しており,試料内に含有する水素の分布が均一であることがわかる。
一方,(b)のDLC膜では,6.47MeV付近で標準試料と同様にγ線収量が増大していて,この部分がDLC膜の表面と考えられる。その後は,なめらかに増大していて,標準試料の場合のような鋭いピークは観察されない。これは,DLC膜の表面に近くなるほど水素濃度が小さくなっているためと考えられる。さらにエネルギーが増大すると,プロファイルがなだらかな波状のうねりがみられる。これはDLC膜の成膜過程において膜中に取り込まれる水素が多少変動していることを示しているが,この変動は非常に小さく,標準試料のγ線収量1335countsで14.4at%から校正すると,PBII法によるDLC膜の水素量は24.3at%±0.4at%となる。
図(c)は,ベンゼン(C6H6)ガスを用いてイオンプレーティング法により作製したDLC膜中の水素量を測定した結果である。測定結果は,(b)の場合とほとんど同じ傾向を示しており,同様に校正すると24.9at%±0.3at%が得られた。
(図2 RNRA法の概略)
(図3 DLC膜のRNRA測定結果)
研究成果
今回DLC膜の水素含有量測定の新しい手法として共鳴核反応分析法を紹介した。本方法は,DLC膜などの薄膜中の水素含有量を高感度に測定するには最適である。その一方,核反応を用いる手法のため,測定施設が限定されてしまうが,近年では放射線利用の企業等への開放も進んでおり,使用しやすい環境になりつつあると思う。今後,DLC膜の構造解析で重要な水素含有量測定の一つの手段として大いに期待できる測定方法である。
論文投稿
NEW DIAMOND Vol.25 No.1, 2009 p.16-21.