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九谷焼陶筥「Cobaco(こばこ)」の開発事例
■繊維生活部 松山治彰 梶井紀孝
■(株)錦山窯 吉田幸
工業試験場は、石川県伝統産業振興室が実施した伝統工芸産地企業の商品開発と販路開拓事業の企画指導と参加企業10社の商品開発指導を行った。特に九谷焼の(株)錦山窯に対しては,市場動向についての情報を踏まえた上で小箱の製作を提案し,伝統工芸デザイン支援システムを使った試作イメージの展開と見本市出展に際しての展示指導を行った。試作イメージは,このシステムを使うことでリアルかつ瞬時に確認でき,従来,試作してデザイン検討を行っていた時間とコストが大幅に削減できた。また見本市では,百貨店の新しい工芸売り場の担当やセレクトショップから多くの問い合わせがあり,商品開発の方向性の適切さが確認できた。
キーワード: 伝統工芸,デザイン,3次元CG,商品企画,販路開拓
Development of the “Cobaco” Kutani Box
Haruaki MATSUYAMA, Noritaka KAJII and Yukio YOSHIDA
The Industrial Research Institute of Ishikawa provided ten traditional arts and crafts companies with guidance and support for the development of new products and marketing as part of a project directed by the Traditional Industries Promotion Office of Ishikawa Prefecture. In particular, we assisted Kinzan Kiln Co., Ltd., one of the participating companies, with the development of their trial products, using our system to support the design of traditional crafts, and with their participation in a trade fair. The system was effective in reducing the costs and time required for designing and making prototypes. The fact that we received many inquiries from visitors to the trade fair, including craft buyers from department stores and other shops, confirmed the effectiveness of our system.
Keywords : traditional arts and crafts, design, 3D-CG, product planning, marketing
1.緒 言
石川県の伝統的工芸品の生産額は平成2年度をピークに減少傾向が続き,現在ではその1/3にまで落ち込んでいる。その原因は,伝統的な商品が現代の生活者の意識やライフスタイルの変化に対応できていないことと,分業制と呼ばれる生産体制と百貨店を頂点とした問屋制と呼ばれる流通システムが,新商品を開発しても新しい売り場に届けることが困難になっていることにあると考えられる。
こうした状況を打破する一つの有効な方策は,産地企業が自らの企画提案力を高め,新商品開発を行い,見本市に出展して新しい販路を開拓することだと考えられる。
そこで石川県伝統産業振興室は,平成20年度に伝統産業商品提案力育成事業をスタートし,デザイン開発に関わる専門スタッフを持つ石川県工業試験場,(財)石川県デザインセンターと,外部専門機関として石川県インテリアデザイン協会が連携し,新商品開発と販路開拓に取り組んだ。
工業試験場は,平成19年度に伝統産業振興室に対して事業の企画指導とアドバイザーの紹介,平成20年度に伝統産業振興室,デザインセンター,インテリアデザイン協会と連携し参加企業10社の商品開発の指導を行ったが,本稿では本事業の概要と(株)錦山窯の開発事例について報告する。
2.商品提案力育成事業の概要
事業の概要は次のとおり。
(1)キックオフセミナー(平成20年4月17日)
事業概要の説明と,ギフトショー主催者による「見本市出展に向けた心構え」,日経デザイン編集より「近年のセレクトショップの動向」についての講義。
(2)参加企業の募集(輪島3社,山中4社,九谷1社,加賀友禅1社,和紙1社)
(3)商品開発指導
1)商品開発実践セミナー(平成20年5月19日,26日,29日の3回)
インテリアデザイン協会より,商品開発の基礎と商品企画書の書き方についての講習。
2)モノづくり指導
[1]巡回指導(平成20年6月〜9月に3回)
県,工業試験場,デザインセンター,インテリアデザイン協会が連携し,参加者の工房を訪問して個別指導。
[2]中間報告会(平成20年8月27日)
県内の専門家に加え,東京より百貨店の売り場責任者,インテリア雑誌編集,商品開発に携わるデザイナーやプロデューサー4名による,商品構成と販路開拓の方向性についてアドバイス。
3)見本市出展(平成20年11月19日〜22日)
家具やモダンなデザインの生活雑貨が集まる「IFFT/インテリアライフスタイルリビング」(会場:東京ビッグサイト)で販路開拓。
4)報告会(平成20年12月8日)
見本市出展の成果報告と,問い合わせへの対応や今後の展開について意見交換。
3.商品企画
3.1 九谷産地活性化の方向性
九谷焼は華麗な上絵を特徴とし,特に錦山窯は純金箔を用いた九谷焼の伝統的な上絵技法である金彩を特徴として,九谷焼を代表する窯元の一つとなっており,主に美術工芸品を製作してきた。(図1,2,3)
錦山窯は、無形重要文化財技術保持者の吉田美統氏を中心に,筆者の一人である吉田幸央も,個展を中心とした創作活動に取り組んでいる。しかし,錦山窯という窯元のブランド,さらに金彩を得意とする高堂地区(石川県小松市高堂)の職人の集積地としてのブランドを高めることが,九谷焼の特徴である伝統技法・意匠の多様性の保存とその活性化につながり,さらに他産地との差別化と後継者の確保にも繋がるものと,その具体策を探していた。
(図1 錦山窯の伝統的な酒器)
(図2 伝統的な香炉)
(図3 職人の手業による製作)
3.2 企画の背景と開発の基本姿勢
伝統工芸産地の新商品開発事業の多くは,中央のデザイナーと連携し,シンプルでモダンな商品開発に取り組んでいる。それは若い層の掘り起こしや国際市場に向けた商品開発には有効かもしれないが,地域文化や風習、また作り手が生活の中で培ってきた技術の積み重ねや使い方の作法のようなものが,使い手に伝わってこない。伝統工芸が,このように厳しい時代に使い手の心を掴もうとすると,作り手自らの思い入れと確かな技術が有効だと考えられる。
そこで,作り手が自ら考え,自ら作り,自ら売るということを念頭において指導にあたった。その背景には工業試験場やデザインセンターが,過去10数年に渡り新商品開発や販路開拓の事業に取り組み,来場する百貨店や専門店から,石川の魅力の一つは九谷焼の上絵や輪島や山中の蒔絵など伝統的な加飾技術であると指摘されていたこともある。但し,伝統的な食器や花器ではなく,具体的には小箱やアクセサリーを開発して欲しいと言われてきた。
3.3 販路開拓の方向性と「小箱」の提案
百貨店や専門店から,高額の伝統的工芸品を買える層は,富裕層と呼ばれる会社経営者や不動産など大きな資産を持つ人たちだったが,医師やIT関係の会社を興した若い社長など自らの力でお金持ちになった新富裕層と呼ばれる人たちの一部も伝統工芸に関心を示し始めていると聞いていた。また平成19年度に実施した漆に関する意識調査1)では,一般的な若い女性でも,自分が良いと思ったら高くても買ってくれる人たちも現れていた。
錦山窯は伝統の高い技術を持っており,伝統の技術を生かした新商品開発に取り組みたいという意欲も持っている。そこで,こうした伝統工芸に関心を示す新しい層に向けた提案として,伝統の高い技術を駆使した「小箱」を製作することとした。
4.CGによるデザイン展開と試作
錦山窯は,青粒手(あおちぶ),色絵金彩,白盛,金盛,釉裏金彩(ゆうりきんさい)など,金と手数を惜しまない奥行き感のある上絵付け技法を特徴とし,高い技術を持つ職人がそうした技法を駆使して,主に食器や花器に花鳥風月を描いてきた(図1〜3)。
そこで本指導では,小箱の模様は花鳥風月ではなく,様々な技法を一つ一つ見本帳のように展開することとした。
デジタルカメラで撮影した錦山窯の様々な上絵技法を,工業試験場が都市エリア産学官連携促進事業(H18〜20)で開発した,リアルな3次元CG画像で伝統素材の高品位な質感を表現することができる「伝統工芸デザイン支援システム」2)に取り込み,デザインイメージの展開を行った(図4〜6)。
(図4 伝統工芸デザイン支援システムの画面)
(図5 伝統的な孔雀の大皿)
(図6 CGで孔雀を箱に展開)
これまで具体的な試作品を作ってみないと,その イメージは確認できなかったが,このシステムを使うことでリアルかつ瞬時に確認でき,試作してデザイン検討をしていた時間とコストが大幅に削減できた。
製作に際しては,高価格で小さなものだが,所有することに喜びを感じてもらえるよう,九谷焼陶筥「Cobaco(こばこ)」と命名し,CG図案を基に展開図の作成(図7),その図案を小箱に転写し,職人が1点1点手描きで絵付けを行った。(図8)
見本市出展に向け,東京より百貨店の売り場責任者など4名を招き,商品開発の方向性と展示方法についてアドバイスを行った中間報告会でも「伝統の技術にモダンを感じる」と高く評価され,商品化に向けた手応えを掴んだ。
(図7 CG画像を基に展開図を作成)
(図8 手描で絵付け)
5.見本市出展
「IFFT/インテリアライフスタイルリビング」の出展スペースは一社1m×2mだったが,見本市に間に合ったのは小箱が19個。展示面積に対して少な過ぎため,空間を生かすため真ん中に一直線に並べ,まだまだ続く様々な上絵技術の多様性を感じさせた(図9)。
その結果,来場者から好評を得るとともに,百貨店の特選美術と生活雑貨の中間に位置する新しいタイプの工芸売り場の担当やセレクトショップから多くの問い合わせがあった。
(図9 見本市での展示風景)
小さな箱とは言え,上代は15万円から20万円(図10)。高くてもよいから伝統の技法を生かした精緻で小さな箱をいう声に応えたとはいえ,簡単に買える価格ではない。サイズや価格にどのように幅を持たせるか,さらにどのような流通のルートで対応するかなど次の課題も見えてきた。
(図10 Cobaco「金盛花唐草文小筥」160,000円)
6.結 言
錦山窯は本事業に参加したことで,商品開発から販路開拓に至る具体的な成果をあげることができた。
今後こうした商品開発と見本市出展を繰り返し,そこで得られた情報を次の商品開発に反映させながら,個人作家から錦山窯という企業ブランドへ,さらには高堂地区の職人や作家達がそれぞれに個性的な商品開発に取り組み,お互いが切磋琢磨することで,新しい九谷焼の地域ブランドの構築に繋がることを期待している。
謝 辞
本指導事業の実施に当たり,講義を頂いた(株)ビジネスガイド社の芳賀信享氏,日経デザインの太田憲一郎氏,商品開発指導に携わった石川県インテリアデザイン協会,販路開拓について助言を頂いた(有)クロスエッジの渡邊真典氏,(株)そごう横浜店の木下佐恵子氏,(株)アウラ・古庄デザイン事務所の古庄良匡氏,(有)サイレントオフィス・「コンフォルト」編集の内田みえ氏に感謝します。
参考文献
1)産業大学講座資料.漆の耐久性技術の開発による新領域開発の可能性調査報告書(要約).2008,6月(山中),10月(輪島)
2)高橋哲郎,松山治彰,梶井紀孝,餘久保優子,加藤直孝. ITと工芸素材による伝統工芸デザイン支援システムの開発. 石川県工業試験場研究報告. 2008,No.57,p.25-28.