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衝撃吸収床材の開発とその評価

■繊維生活部 藤島夕喜代 土定育英 江頭俊郎 吉村治 森大介 笠森正人
■石川県リハビリテーションセンター 北野義明

 2015年には4人に1人が65歳以上になると推計される中,高齢者の住宅や施設生活等での安全対策が急務となっている。現在,転倒時の衝撃による骨折予防のためにカーペットが敷かれているが,車いすで走行しにくい問題もある。そこで,衝撃吸収性に優れたコア材と剛性の高いスキン材をサンドイッチ構造体にすることで,衝撃吸収性と車いす走行性という相反する機能を備えた床材を試作し,それらを評価した。また,市販の衝撃吸収ゴム,P-タイル,畳,パネルカーペット,衝撃吸収床板についても比較検討した。その結果,多重織物をコア材に硬質塩化ビニルをスキン材とした複合体は,P-タイルと比較して,同程度の走行性を有し,衝撃吸収性が約20%向上した。
キーワード:サンドイッチ構造,衝撃吸収,車いす,走行試験

Development and Evaluation of Shock-absorbent Floor Material

Yukiyo FUJISHIMA, Ikuei DONJYO, Toshiro EGASHIRA, Osamu YOSHIMURA, Daisuke MORI , Masato KASAMORI
and Yoshiaki KITANO

It is estimated that one in four people will be 65 years old or older in 2015. For this reason, there is a pressing need to develop measures to enhance the safety of houses and facilities for senior citizens. The floors of facilities for senior citizens are usually covered with carpet to prevent fractures caused by the impact of a fall, but carpet-covered floors make it difficult to move around in a wheelchair. To satisfy the need for the two contradicting functions of shock absorption and ease of wheelchair movement, a material with a sandwich-like structure was produced by combining a highly rigid surface material and a shock-absorption core, and its performance was evaluated. The material was compared with a commercially available shock absorption rubber, a P-tile, a tatami straw mat, a panel carpet and a shock-absorbent floor slab. As a result, when compared with the P-tile, the composite material, which was composed of multi-layer knit fabric as the core, and hard polyvinyl chloride as the surface material, had the same performance in wheelchair movement, and about 20% higher shock absorption.

Keywords:sandwich-like structure, shock absorption, wheelchair, movement test

1.緒  言
  高齢化社会の進行により,転倒による骨折の発生が危惧される。厚生労働省の集計によると65歳以上の「家庭での不慮の事故死亡者数」1)は平成17年度で9728人,同年に交通事故で死亡した高齢者2)の約2倍となっている。同集計によると,死亡者の約2割は住宅内での転倒や転落である。
  保育施設やデパートの遊戯スペース等でみられる衝撃吸収床材は,柔らかいために衝撃は吸収できるが,車いすの走行は車輪が吸収材に沈み込んでしまい,走行にはかなりの負担がかかる。一方,サンドイッチ構造体は,内部のハニカムコア材や発泡体を硬いスキン層でサンドイッチにしたもので,高剛性かつ軽量構造材であるが,転倒に対する衝撃吸収性は低い。このため,住宅や施設等での転倒による衝撃を吸収し,かつ,車いすの走行に支障のない床材の開発が望まれている。
一方,県内繊維産業は,その活性化のため,衣料用分野から産業資材用分野への進出が求められている。ここでは,コア材に厚みのある織編物をスキン材に硬質塩化ビニルを使用した床材(図1)を試作し,衝撃吸収性と車いす走行性を評価,検討した結果を報告する。

(図1 衝撃吸収床材の模式図)

2.実験方法
2.1 試料
  試作品のコア材には,青木織布(株)製のポリエステル多重織物(厚さ0.8〜3.3mm)6種類,北陸エステアール協同組合製の編物(ダブルラッセル,釜間6mm)7種類を使用した。織物は,多重織り,緯糸の太さ,フィラメント数,糸の加工法,織り密度を検討した。編物は,層間の糸種,構造,表面の編み方を検討した。一方,スキン材には,市販の硬質塩化ビニルシート(厚さ:0.3mm, 0.5mm, 0.8mm)を用いた。また,比較品として市販の衝撃吸収ゴム,P-タイル,畳,パネルカーペット,衝撃吸収床板(シンコール(株)製,ポンリュームプロ)を使用した。

2.2 衝撃吸収性の評価方法
  衝撃吸収性の評価は,図2に示す落下試験装置で行った。測定方法は,高さ30cmから硬質プラスチック球(質量227g,直径75mm)を自由落下させ,試験片上でバウンドさせる。このときの落下物の時間的な変位を超音波式距離センサ(Vernier Software社製,MD-CBL)で読み取った。
  測定した変位の例を図3に示す。図からエネルギー吸収量Ea[J]とエネルギー吸収率REa[%]を求め,衝撃時の速度の傾きから衝撃加速度a[m/s2]を求める。

2.3 車いす走行性の評価方法
  走行評価試験に使用した自走式標準型車いす(重量14kg)と測定の様子を図4に示す。車いすの下に試料を敷き,車いすのA点にバネばかりを掛ける。静止している状態からゆっくり引き,始動時の最大引張荷重Piを測定した。このとき,65〜69歳男性の平均体重3)からおもりの総重量を60kgとし,BrauneとFischerによる推定重心の求め方4)を参考に,座面とフットプレート上におもりを配置した。また,各試験片の引張荷重Piを,施設等で広く使用されているP-タイルの引張荷重Pfloorで除した数値を荷重係数αpとした。

3.結  果
3.1 衝撃吸収性の評価
3.1.1 コア材単体の衝撃吸収性
  衝撃吸収性は,エネルギーを吸収した割合であるエネルギー吸収率REa[%]が大きく,衝撃加速度a[m/s2]が小さい程,優れている。
コア材単体の衝撃吸収性を評価した結果,市販の衝撃吸収ゴムのREaが98.8%,aが89m/s2と最も衝撃吸収性に優れていた。試作品の織物(REa:52.1〜59.0,a:102〜136),編物(REa:59.8〜69.7,a:118〜127)は共に,P-タイル(REa:41.1,a:140)や畳(REa:50.2,a:129)より衝撃吸収性が優れていたが,カーペット(REa:77.2,a:110)や市販の衝撃吸収床板(REa:81.5,a:109)より劣っていた。織物や編物の糸種や構造による違いは,今回試作した13種類に関して,有意な差はみられなかった。

(図2 落下試験装置の外観)
(図3 落下試験における落下球の変化 a) 落下球の変位, b) 落下球の速度)
(図4 自走用標準型の手動車いすと引張荷重測定)

3.1.2 複合体の衝撃吸収性
  試作品の織物,編物および市販の衝撃吸収ゴムにスキン材を敷き,前項と同様に衝撃吸収性の試験をしたときのエネルギー吸収率REaとスキン材の厚さとの関係を図5に示す。図には,比較のため市販の衝撃吸収床板,カーペット,畳とP-タイルについてのREaも示す。
コア材単体の衝撃吸収性が優れていた衝撃吸収ゴムは,スキン材を厚くするほどREaは低くなったが,厚さ0.8mmのスキン材と複合後においても市販の衝撃吸収床板よりREaが高かった。同様に,編物においてもスキン材の厚みによるREaの低下がみられたが,織物ではスキン材の厚みによる影響はみられず,スキン材の厚さが0.5mm以上では編物のときよりもREaが高くなった。これは,衝撃吸収ゴムや編物のような柔らかく,衝撃による沈み込みが大きいコア材の場合,沈み込みによるスキン材のたわみがバネのように落下物を跳ね返すためと思われる。

(図5 エネルギー吸収率とスキン材の厚さの関係)

3.2 車いす走行性の評価
3.2.1 コア材単体の車いす走行性
  車いすの走行性は,荷重係数αpが1に近い程,車いすの走行による車輪の沈み込みが少なく,優れていると言える。
コア材の車いす走行性を評価した結果,試作品の織物はαpが0.91〜1.1とP-タイルと同程度の走行性があり,編物(αp:1.5)や衝撃吸収ゴム(αp:1.9)より優れていた。一方,畳やカーペットでは,目の流れが存在するため,車いすの走行方向によりαpが最大2倍近くまで変化した。

3.2.2 複合体の車いす走行性
  試作品の織物,編物および市販の衝撃吸収ゴムにスキン材を敷き,前項と同様に車いす走行性の試験をしたときの荷重係数αpとスキン材の厚さとの関係を図6に示す。図には,比較のため市販の衝撃吸収床板,カーペット,畳とP-タイルについてのαpも示した。カーペット,畳のαpは,車いす走行方向に依存するが,最大値を用いた。
  コア材単体の荷重係数αpが高かった衝撃吸収ゴムや編物は,スキン材を厚くするほどαpは低下し,走行性が向上したが,厚さ0.8mmのスキン材と複合後においてもαpが衝撃吸収ゴムで1.4,編物でも1.15とP-タイルの走行性よりも劣ることがわかった。一方,厚み方向の沈み込みがもともと小さい織物はスキン材の厚さに依存せず,P-タイルと同等の走行性を示した。また,市販の衝撃吸収床板についてもP-タイルと同等の走行性を有していた。

(図6 荷重係数とスキン材の厚さの関係)

3.3 総合評価
  衝撃吸収性の指標であるエネルギー吸収率REaを縦軸に,車いす走行性の指標である荷重係数αpを横軸にプロットしたものを図7に示す。衝撃吸収性が高いと車いす走行性が良くない傾向があることが試験により実証された。また,試作した編物や市販の衝撃吸収ゴムは,スキン材が厚くなるほど車いす走行性が上昇するが,衝撃吸収性は低下する傾向があった。試作した織物の衝撃吸収性と車いすの走行性は,スキン材の厚さに影響しなかった。

(図7 衝撃吸収性と車いす走行性の評価結果)

4.結  言
  コア材に高厚織編物をスキン材に硬質塩化ビニルを使用した床材を試作し,衝撃吸収性と車いす走行性を評価した結果,以下のことがわかった。
(1) 衝撃吸収性と車いす走行性の評価方法を検討した結果,エネルギー吸収率REaが衝撃吸収性の指標に,荷重係数αpが車いす走行性の指標になりうる。
(2) 多重織物をコア材に硬質塩化ビニルをスキン材とした複合体は,P-タイルと同程度の走行性を有し,かつ,衝撃吸収性が約20%向上した。
(3) 試作した複合体は,床材の衝撃吸収性能としては市販の床板には及ばなかったが,3次元形状製品のような特殊用途での展開が期待される。

謝  辞
  本研究を遂行するに当たり,終始適切なご助言を頂いた金沢工業大学教授宮野靖氏,研究員野田淳二氏,同研究室の皆様に感謝します。また,試作にご協力頂きました青木織布(株),北陸エステアール協同組合に,試料を提供頂きましたシンコール(株)に感謝します。

参考文献
1) 厚生労働省. 平成17年次,人口動態調査,家庭における主な不慮の事故の種類別にみた年齢別死亡者数および百分率.
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/010/2005/toukeihyou/0005652/t0125421/MC350000_001.html, (参照2007-11-1).
2) 厚生労働省. 平成17年次, 人口動態調査, 不慮の事故の種類別にみた年齢別死亡数.
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/010/2005/toukeihyou/0005626/t0124456/MC310000_001.html, (参照2007-11-1).
3) 厚生労働省. 平成16年国民健康・栄養調査報告,第3部 身体状況調査の結果.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou06/pdf/01-03.pdf, (参照2007-11-1).
4) 大川嗣雄, 伊藤利之, 田中理, 飯島浩. 車いす. (株)医学書院. 1987, p. 135.