意見調整を支援するグループウェアの開発

[情報指導部] 加藤 直孝
[北陸先端科学技術大学院大学]   國藤 進

1.目的
 近年,組織におけるグループの知的協同作業をコンピュータを利用して支援するグループウェア 1) の普及が進んでいる。電子メールをはじめ,各種情報の共有により協同作業の支援に活用されているが,様々な場面においてグループでの意思決定が必要とされる。従来からグループウェアの応用としてグループ意思決定を支援するシステムの研究が進められている。しかしながら,グループメンバーの立場や価値観は一般にそれぞれ異なることから,意見も異なる場合が多く,メンバー同士の意見調整を図りながら,合理的に意思決定の判断を支援する技術が重要な研究課題となっている。
 そこで本研究では,グループメンバー間の意見を分析し,互いの意見を調整し合うことでグループによる代替案の選択を支援するグループウェアの開発 2) について述べる。また開発システムを用いた評価実験によりシステムの有用性について考察する。

2.内容
2.1 基本的な考え方
 本研究では,グループによる代替案選択における意見調整をコンピュータで支援するため,代替案選択の要因が複数個あり,かつそれぞれの要因に対して主観的な価値判断に基づく重み付けが数値化できるものとする。グループによる代替案選択の手順は図1に示すように[1]評価構造の作成支援,[2]代替案の評価支援,[3]参加者間の合意形成支援の3つの手順から構成される。
 [1]評価構造の作成支援では,参加者全員が解の候補となる代替案の抽出,代替案選択のための要因(以下、評価項目と呼ぶ)の抽出をブレインストーミングを利用して行う。つぎにKJ法 3) を利用して評価項目のグルーピングを行い,それらを視覚的に理解しやすい木構造の形で階層表示することで参加者全員が共通認識を持ち易くする。なお,これらの評価項目は,一般に尺度がそれぞれ異なるうえ,主観的な価値判断を伴う。
 [2]代替案評価支援では,人間の主観や経験に基づく価値判断が必要とされることから,AHP(Analytic Hierarchy Process:階層化意思決定法) 4) を利用して参加者の価値判断を計算機上で取り扱えるように数量化する。この方法は,(1)一対比較法により評価項目間の重要度の数量化が容易,(2)異なる尺度を持つ評価項目間の主観的評価が容易,(3)主観的評価による判断の矛盾を発見し修正する機能を有する,などの利点を持つ。具体的には,評価項目の重要度算出,あるいは評価項目から見た代替案の重要度算出に利用する。数量化された価値判断の情報をお互いに提示し合うことで,自己の価値判断を客観的に眺められると同時に,他の参加者との価値判断の違いも理解できることになる。
 [3]合意形成支援では,参加者全員の価値判断情報からお互いの意見の相違点を見つけ出す。システムは,この意見の競合(コンフリクト)部分についてお互いが歩み寄る結果となる調停案候補を双方に提示する。各参加者は,この中から妥協可能な候補を選び,自分の重要度を変更し,その結果を互いに提示し合う。各参加者は,この変更結果を見て合意点に到達したかを判断する。ここで合意に到達したかどうかの判断は,代替案評価点の最高のものが全員一致した段階,あるいは代替案の評価点の順位が全員一致した段階とする。

2.2 システムの構成
 本システムは,UNIXワークステーションで開発を行なった。LAN環境の会議室等で複数のワークステーションによる対面式の利用を前提とする。ビデオネットワーク会議システムの併用により離れた部屋同士でも利用できる。

2.3 システムの評価実験
 例題として,各都道府県の行政課題である「住みやすさ」 5) について参加者間で候補に挙がった都道府県に合意のとれた順位付けを行なうテーマを用いて意見調整を行った。日常的にコンピュータを使用している被験者14人が本システムを利用し,利用後にシステムの評価に関するアンケートを実施し,分析した。また本システムが持つ意見調整支援機能の有効性を確かめるため,同機能の使用の有無による対照実験(実験グループA〜C:使用,実験グループD〜E:未使用)も併せて行なった。実験環境は北陸先端科学技術大学院大学内のコラボレーションルーム(仕様:対面会議式机,埋め込み型ワークステーション・ディスプレイ,70インチプロジェクタ)を用いた。アンケートの内容としては,機能レベル,操作レベル,思考レベルの3種類の評価および総合評価の計14項目を設け,それぞれ5段階評価(5点:満足〜1点:不満)とその理由および利用効果と使用感に関するコメントを記入する様式とした。今回の実験では,評価項目からみた都道府県の重要度には,統計データ 4) から算出した客観的な重要度を用いた。参加者にはこの統計データを手持ち資料として議論を進めてもらった。
 被験者の価値判断情報は,視覚的に分かりやすいように図2(a)のような木構造の形でウインドウ画面上に表示される。同図で評価項目(たとえば,健康,安全など)は木構造の節点部分に配置され,AHP により算出された評価項目の重要度がノードの左下部分に表示される。また任意のノードをマウスでクリックすることにより,図2(b)のウインドウが開き,そのノードに直属する評価項目間の重要性の認識度と,そのノードから見た場合の代替案の評価点がそれぞれ数値と共に棒グラフで表示される。このマルチウインドウ表示により,全体評価と任意のノードにおける部分評価を併行して分析が行なえる。また図2(b)の一対比較ボタンを選択することでAHPに基づく一対比較を行なう(図2(c))。図では,「安定性において就労は所得・消費よりもやや重要です」と判断している。図2(e)は「住みやすさ」に対する被験者3人の価値判断の違いを画面上に表示した例である。画面中央後ろのウインドウは自分の価値判断情報,左下および右下のウインドウは他の参加者の価値判断情報を表示している。同じ評価項目でも人それぞれ重要性の認識がまったく異なることが分かる。本システムでは,このようにお互いの認識の相違点を明確にしたうえで,参加者間の意見調整が行える。具体的な意見調整は,相手からの要求に基づく一対比較の修正候補の一覧表示画面(図2(d))が表示されるので,これを参考に自分の価値判断の重要度を修正する。

図2 システムの画面例

 たとえば,図2(d)の一覧リストの最上位に表示されている評価項目「生命」に関する「安全」と「健康」の一対比較は,「安全」よりも「健康」をより重視することで相手側の要求に沿う結果となることを意味する。リストの上位の一対比較を修正対象とするほど相手側の要求を強く受け入れる結果となる。

表1 対照実験の結果
参加者数(人)   意見調整支援機能有り 意見調整支援機能無し
実験A 実験B 実験C 実験D 実験E
所要時間(分) 3 3 3 3 2
合意判断回数 95 153 84 220 100
最終合意状態 3 6 4 7 9
順位一致 順位一致 順位一致 二者順位一致 順位一致

 対照実験の結果を表1に示す。表1からは,意見調整支援機能を使用した場合のほうが合意に達するまでの収束が早まる傾向が見られた。またアンケート回答が得られた12人の集計結果からは,機能レベルでは,評価点4および3に評価が集まった。しかし価値判断の視覚化機能,重要度の算出機能ではばらつきが見られた。これらの原因として,価値判断が重要度のグラフで表示されるのは分かりやすいが,自分の感覚とズレを生じることが指摘された。操作レベルでは,平均的な評価が得られたが,操作手順のガイド機能の充実などの改善点が指摘された。つぎに思考レベルでは,自分と他者との価値判断の違いの把握が明瞭である点に高い評価が得られた。この理由としては,「全員の価値判断情報をグラフで同時に見ることで,話合いをするまでもなく他者との価値観の違いが明確に理解できた」,「相手の要求に妥協する場合に自分の重要度の修正が容易に行なえた」,「相手の望む要求が評価項目間の重要性の比較のレベルで具体的に把握できた」,「お互いの合意状況および妥協具合がグラフ表示されるので分かりやすい」などのコメントが挙げられた。

3.結果
 意見調整を支援するグループウェアのシステム開発について,まずグループ意思決定における意見調整の手順を提案し,この手順をLAN環境の計算機上に実装した。次にシステムの利用例を示し,評価実験からシステムの評価を行なった。実験結果からは,本システムがグループの合意形成に向けた意見調整の支援に有効であることを確認できた。
 今後の課題として,意見調整の結果に対する納得度や信頼度を高める工夫など評価実験で指摘された問題点の改善とともに,システムの有用性について評価を重ねる必要がある。

参考文献
1) 宇井徹雄:意思決定支援とグループウェア,共立出版(1995).
2) 加藤直孝,中條雅庸,國藤進:合意形成プロセスを重視したグループ意思決定支援システムの開発,情報処理学会論文誌,,Vol.38,No.12,pp.2629-2639(1997).
3) 川喜田二郎:KJ法,中央公論社(1986).
4) 刀根薫,真鍋龍太郎:AHP事例集,日科技連出版社 (1990).
5) 経済企画庁国民生活局編: 新国民生活指標(平成4年,8年版), 大蔵省印刷局(1992,1996).

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