イシル(魚醤)の生成過程におけるアミノ酸等の変化

[食品加工技術研究室] ○道畠俊英 佐渡康夫

1.目的
 石川県能登半島の奥能登地方には、「イシル、イシリ、ヨシル、ヨシリ」等と呼ばれているイワシやイカの内臓を原料とした魚醤(以下、イシル)がある。能登のイシルは、秋田のショッツル、香川のイカナゴ醤油と並んで日本の三大魚醤の一つとして知られているが、イシルの研究についてはほとんど報告されていなかった。前回我々は、能登半島で製造販売されていたイシルの成分について報告した。そこで今回は、イワシイシルの生成過程におけるアミノ酸、有機酸等の主要な成分の変化についていくつかの知見が得られたので紹介する。

2.内容
2.1 試料
 原料は体長約20cm、体重約60gの大きさの新鮮なマイワシ18kgを用い、3.6kgの食塩を加えて室温で1995年4月に仕込み、1年間試醸した。

2.2 分析方法
 試料の分析方法は、全窒素はケルダール法、アミノ酸はアミノ酸分析計、有機酸は有機酸分析計、核酸関連物質はTSK-GEL ODS-80sカラムによる高速液体クロマトグラフィーにより定量した。

3.結果
3.1 全窒素
 イワシイシルの生成過程における全 窒素の経時変化は、仕込み後6〜7ヶ 月まで経時的に増加し、2.2g/100mlでほ ぼ平衡状態となった。

3.2 遊離アミノ酸
 イワシイシルの生成過程において、明らかに増加が認められたタンパク質 構成遊離アミノ酸の経時変化を図1に示す。この結果から明らかなように、遊離アミノ酸は仕込み後7〜8ヶ月まで経時的に増加し、その後ほぼ平衡状 態になる傾向を示した。図1より得ら れた遊離アミノ酸の見掛けの生成速度は、Ala>Glu≧Lys>Leu>Gly>Val>Asp≧Ser≧Thr≧Ile>Pro≧Phe≧Met>Asn>Tyr>Trp>Cysの順となり、このことはイワシイシル中のタンパク質分解酵素の性質に密接に関与しているものと考えられる。一方、Hisは最初から1.6mmol/100mlと比較的多量に存在し、その後の増加速度もわずかであり、Argは2ヶ月までは0.2から1.0mmol/100mlと経時的に増加したがその後減少し、6ヶ月以降は痕跡となった。この他、非タンパク性アミノ酸では、Tauは初期段階から約3mmol/100ml存在し、生成過程を通し顕著な変動は認められなかった。Citは最初5〜6ヶ月まで0から4mmol/100mlと経時的に増加し、その後ほぼ平衡状態となった。なお、試醸したイワシイシルと市販イワシイシルとのアミノ酸組成の比較を行ったところ、Argを除きいずれもほぼ同様のアミノ酸パターンを示した。

3.3 ペプチド構成アミノ酸遊
 イワシイシル生成過程における低分子ペプチド(分子量5000以下)の構成アミノ酸は、Ala、Lys、Ser、Thr、Val等は仕込み後7ヶ月まで経時的に減少し、低分子ペプチドを構成するアミノ酸中にはほとんど存在しなくなった。一方、Glu、Gly、Asp、Proは仕込み後7ヶ月以降もほぼ一定の値を保ち、低分子ペプチドを構成するアミノ酸として存在した。

3.4 有機酸
 イワシイシルの生成過程における有機酸の経時変化を図2に示す。この結果から明らかなように、イワシイシル中の有機酸の大部分を占める乳酸は初期段階から相当量存在し、経時的な変化はなくほぼ一定の値を示した。また、ピログルタミン酸は経時的に増加していく傾向がみられた。酢酸、コハク酸、リンゴ酸、ピルビン酸は量的に少なく、初期段階からほぼ一定の値を示した。乳酸量がほぼ一定であったことから、原料のイワシの魚肉組織中に蓄積されていた乳酸がイワシイシル中に移行したものと考えられ、イワシイシルの生成過程において、乳酸菌の作用をほとんど受けていないものと推定される。なお、試醸したイワシイシルと市販イワシイシルとの有機酸組成の比較を行ったところ、いずれもほぼ同様の有機酸パターンを示した。

3.5 核酸関連物質
 イワシイシルの生成過程における核酸関連物質の経時変化は、仕込み後2週間でイノシン-5'-一リン酸(IMP)が約1mMから、6ヶ月でイノシン(HxR)が約2mMから消失し、ヒポキサンチン(Hx)は5ヶ月まで経時的に増加しそれ以降は約6.5mMで定常状態となった。キサンチン(Xan)は5ヶ月以降約1mMで、グアニン(Gua)は7ヶ月以降約0.5mMでそれぞれ定常状態となった。つまり、イワシイシルの核酸関連物質は、IMP→HxR→Hx→Xan、Gua→Xanの分解反応の進行により6ヶ月以降はHx、Xan、Guaの3成分になったものと考えられる。
 以上の結果から、イワシイシルの生成過程において仕込み後7〜8ヶ月で各成分ともほぼ定常状態となり、イワシイシルが形成されるものと考えられる。

参考文献
1) 佐渡康夫、道畠俊英:石川県工業試験場研究報告、45、93(1996)
2) 道畠俊英、佐渡康夫、榎本俊樹:石川県工業試験場研究報告、47、印刷中(1998)

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