チタンアルミ合金の強度予測
[化学食品部] 田畑裕之  

1.目的
 チタンアルミ金属間化合物は、軽量、耐熱性を特徴とし、次世代の構造用材料としての用途開発が積極的に進められている。現在のところ、自動車用のタ−ボチャ−ジャ−ロ−タ−やエンジンバルブなどには既に一部実用化がなされ、さらには航空機用タ−ビンブレ−ドなどの合金開発も図られている。
 しかし、従来は合金を作っては組織と強度のマクロな相関を調べるのが常で、合金開発上重要と考えられる構成結晶粒の強度と合金強度との定量的な関係はほとんど明らかにされていない。
 本研究では、チタンアルミ合金に特徴的に表れる層状組織粒(ラメラ)に着目し、その積層構造に基づく弾性挙動の微視的・巨視的関係を明らかにすることを目的としている。
 本報では、まず構成二相(六方晶のα2-Ti3Alと正方晶のγ-TiAl)の単結晶の弾性的性質から、層状組織粒(ラメラ)の巨視的な弾性的性質を、その積層構造に基づいて予測し、三次元表示により具体的に提示する。ついで、結晶全体が一個のラメラ粒からなる TiAl PST結晶を作製し、圧縮試験により、これらの計算手法および結果が正しいことを検証する。さらに本手法の応用として、一軸負荷の際の合金内部(構成結晶粒単位)のひずみ分布のシミュレーション結果について述べる。

2.内容
2.1 チタンアルミ合金の組織的特徴(ラメラの積層構造)
 図1にラメラ組織を示す。これは、試料全体が一個のラメラからなる Ti-46mol%Al PST結晶の積層面に垂直方向から見た電顕写真である。これより、ラメラ組織はα2相とγ相が整然と層状に配列していることがわかる。白く明瞭に見える薄層部分がα2相で平均の厚さは0.3μmであった。その他の部分がγ相で、強く腐食したのでγ/γ界面も見受けられ、一枚のγ板の厚さは平均約0.6μmであった。また、一枚のγ板の中には腐食の程度に差があるドメイン(微結晶)の存在が認められる。ドメインの積層面方向のサイズは明瞭ではないが、数μmから数十μmと推察される。
 次に、ラメラの積層構造を模式的に示した図2により、α2相とγ相およびγ相中のドメイン相互の方位関係について説明する。まず、α2相とγ相の積層関系は、六方晶のα2-Ti3Alの{0001}面と正方晶のγ-TiAlの{111)面が積層面となり、α2相の6回回転対称性のゆえに相対的には一通りである。しかし、γ相中には積層軸に対して互いに60゜回転の関係がある6通りのドメインが存在する。これらはα2の{0001}底面から析出するγ層の上下の方向によって2組に分類され、それぞれ一枚のγ層中の3種のドメインは互いに120゜回転の関係にある。そして、上下2組の層中のドメイン同志の間には3組の双晶の方位関係(180゜回転の関係)がある。図2ではこれらの関係を(γ+)層と(γ-)層に区別し、ドメインにも通し番号をふって表した。

2.2 単結晶の弾性定数から層状組織粒(ラメラ)の弾性的性質の予測
 単結晶の弾性定数から、回転の座標変換により、任意の方向のヤング率を求めることができる。ここでは、計算の詳細については割愛し、基本的な考え方のみを示す。まず、構成二相の単結晶の積相関系に対応して、X3軸を積層方向に取る中間座標系を図3のとおり定める。次に中間座標系から任意の座標系への回転座標変換を行い、座標間の方向余弦である座標変換マトリックスを用いて新たな座標系に対する弾性定数行列を求めればよい。
 次に、得られた構成二相の単結晶のヤング率の結晶方位分布から、ラメラの巨視的な弾性的性質を予測することを考える。ここで必要となるのは、構成結晶粒の配向や積層関係、体積率などのラメラの構造に係わる因子と、それらの変形モデルである。二相の体積比率は状態図より求め、γ相中の6種のドメインは統計的に存在確率が等しいとした(透過ラウエ法により確認済み)。また変形モデルについては、すべての結晶について応力一定のロイスモデルと、ひずみ一定のフォークトモデルによった。


 計算結果として、ロイスモデルによるヤング率の結晶方位分布を三次元の極座標表示で示す。図4と図5は、α2と6種のγドメインの単結晶の結果であり、図6はラメラ(例としてTi-44mol%Al PST結晶)の結果である。なお、図の紙面の上下方向はいずれもラメラの積層方向である。また、動径方向の値は、正しくはヤング率の逆数にあたる弾性コンプライアンスで、単位は、10−11Pa−1である。
 以上の方法により、単結晶および多結晶の弾性異方性をビジュアルに把握できると共に、γ相中の6種のドメインの弾性異方性におよぼす分散・積層の効果を理解することができる。すなわち、
 
1)六方晶のα2相は積層軸まわりに横等方性(回転対称性)を有する。
2)正方晶のγは積層軸のまわりに擬3回回転対称の性質はあるが、強い異方性を示す。
3)一枚のγ板中に3種のドメインが分散することによって、三回回転対称性と積層面内の等方性が付与され、γ板はマクロ的に立方晶と等価な性質となる。
4)双晶関係にある2種類のγ板の積層は、六方晶同様に横等方性を付与する。
5)したがって、層状組織粒(ラメラ)は横等方性(回転対称性)を有する。


2.3 圧縮試験による検証
  前節の実験的検証を目的に、Al濃度が44、46、48mol%の3種のTiAl PST結晶(結晶全体が一個のラメラ粒からなる)を作製し、圧縮試験による弾性異方性の評価を行った。圧縮試験片の寸法は3×3×6mmで、背面反射ラウエ法により方位を確定した後、特定方位に切り出した。図7に、例としてTi-44mol%Al PST結晶の結果を前節の計算結果と共に示す。図7は、ラメラが積層軸に対して横等方(回転対称)であり、積層面に対しても対称であるため、積層面に垂直な面内の第一象限についてのみ示してある。
 その結果、変形モデルの特定までは不可能であるが、これら両モデルの計算結果とよく一致した。このことより、単結晶の弾性定数から積層構造に基づいてTiAl PST結晶の巨視的弾性定数を見積もる前節の方法の妥当性が概ね検証できたものと考えられる。

2.4 一軸負荷時の合金内部(構成結晶粒単位)のひずみ分布
 前節により計算手法の妥当性が検証できたことから、つぎに弾性計算の応用として、一軸負荷の際の合金内部(構成結晶粒単位)のひずみ分布をシミュレーションする。ここでは計算手法については省略し、結果のみを示す。図8は、Ti-44mol%Al PST結晶の積層面に平行な方向に100 MPaの荷重をかけた場合の、積層軸方向から積層面方向へのひずみ分布を示したものである。図中の実線はひずみ一定のフォークトモデルに従う場合で、この場合はその仮定からすべての結晶粒のひずみ分布は等しくなる。しかし、実際は応力一定のロイスモデルに近いと考えられ、この場合は相や方位の異なる結晶粒単位で図示のとおり顕著に異なるひずみ分布になるものと推察される。現在、変形モデルの特定ないし新しい変形モデルの提案をすべく、X線回折法による格子ひずみの検出法を検討している。


3.結果
 構成二相の単結晶の弾性的性質から、層状組織粒(ラメラ)の巨視的な弾性的性質を、その積層構造に基づいて予測した。
 全体が一個のラメラからなる試料を用いて、圧縮試験により本手法の妥当性を検証した。
  さらに、本手法の応用として、一軸負荷の際の合金内部(構成結晶粒単位)のひずみ分布のシミュレーション結果を示した。

4.今後の応用展開について
 パーツの性質から全体像を予測、あるいは逆に、合金のマクロな変形挙動から内部のミクロ変形挙動を推察しようとする本報のような展開は、合金設計上有用であると考えられる。しかし、この分野はこれまであまり進んでいないのが現状である。本報では、次世代の軽量耐熱合金として合金開発が盛んなチタンアルミ金属間化合物を取り上げたが、本手法は他の合金や複合材料、ハイブリッド化材料へも応用・展開できる。


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