光エネルギ利用による洗浄機構
機械電子部
情報指導部
米澤保人
南川俊治
  1. 目的
     これまでに、プリント回路基板の銅電極表面の酸化物を、パルスレーザ光(パルス幅10〜20ns)を照射することにより、蒸散除去するシステムを開発した。同方法では、厚さが数10nmに、数J/cm2のレーザ光を1パルス照射することで、表面酸化物を大気中でもある程度除去できた。しかし、レーザ光の強度が強すぎると表面が溶融し、再酸化する。弱いレーザ光を複数パルス照射することで、ほぼ完全に酸化物を除去できることが分かった。システムの効率化や他の分野への応用を図るためには、洗浄機構を明らかにすることが重要な課題となる。特に、数J/cm2のレーザ光を1パルス照射した際に表面性状が変化せずに表面酸化物が除去できることや、強すぎるレーザ光照射で、表面が溶融する現象の解明が洗浄機構の重要なポイントであると考えられる。
     本報告では、レーザ光の熱的な作用に注目し、温度の深さ方向分布変化をコンピュータシミュレーションする方法で洗浄機構の解明を試みた結果について記す。

  2. 内容
    2.1 シミュレーション方法
     深さ方向(一次元)温度分布のシミュレーションを、Pascal言語で自作したプログラムを用いて行った。
     シミュレーションに際して、次の(1)〜(5)を仮定した。
    (1)吸収されたレーザ光は瞬時に熱に変換される。
    (2)熱の拡散は一次元の熱伝導方程式に従う。
    (3)融点に達した物体は一定の速度で蒸発する。
    (4)表面からの熱の放射等による熱の出入りはない。
    (5)銅酸化物は酸化第二銅(CuO)で、銅との界面は急峻に変化する。
    最後の(5)の仮定に関しては、酸化第二銅と酸化第一銅の熱的な特性が大きくは変わらないことから、妥当な仮定と考えられる。(表1参照)
    一次元の熱伝導方程式は、次式で表される。
一次元の熱伝導方程式 c:比熱(J/gK) ρ:密度(g/cm3) T:温度(K)
I(z,t):深さzでのレーザ強度(W/cm2)
z:座標(cm) κ:熱伝導率(J/[cm・s・K])
     シミュレーションは、材料の表面から深さ方向にDzの厚さの要素に分割し、差分法でDtごとの時間ステップで温度分布を計算した。計算上のパラメータは以下の通りである。
       レーザパルス波形:三角波(4nsでピーク、パルス幅12ns)
       Dz=2nm Dt=0.02ps Ve(蒸発速度)=0.1mm/10ns
    酸化膜厚は50nmとした。
表1 計算に用いた各物質のパラメータ
  銅(Cu) 酸化第二銅(CuO) 酸化第一銅(Cu2O)
密度(g/cm3) 8.9 6.76 6.0
比熱(J/gK) 0.391 0.5326 0.5678
熱伝導率(gJ/[cm・s・K]) 4.01 0.0322 0.0374
反射率(固相) 0.26 (0.2)  
吸収係数(1/cm) 7.9×105 (2.0×105)  
融点(℃) 1085 1235 1244
融解熱(J/g) 2567 (1300)  
気化熱(J/g) 209 148 392
    2.2 シミュレーション結果と考察
     図1に、照射エネルギ強度0.5J/cm2の場合の温度プロファイルの時間変化を示す。酸化銅と銅の界面で温度プロファイルに変曲点があり、酸化物の領域は融点を超えて温度上昇しているが、内部の銅はそれほど温度が上昇していないことがわかる。これは、銅が酸化銅に比べて約2桁大きな熱伝導度を持っていることから、熱を材料の奥に逃がすためであると考えられる。このことから、酸化物のみが主に気化し、表面性状が変化しない実験結果が説明できる。
     図2に、照射エネルギ強度を図1の2倍の1.0J/cm2にした場合の温度プロファイルの時間変化を示す。図1と異なり、銅の深い領域まで融点を越える温度となっている。このことから、照射レーザ強度が強い場合に深い領域まで溶融し、表面性状が変化した実験結果が説明できる。
図1図2
  1. 結果
    1)パルスレーザ光照射による銅の自然酸化膜の洗浄機構は、温度分布のシミュレーションによりほぼ説明できたことから、主として熱的な作用によるものであることが分かった。
    2)適当に弱いレーザ光照射で、表面の酸化物のみが除去できるのは、銅より表面の銅酸化物の熱伝導率が2桁小さいために、酸化物の温度上昇が大きいためと考えられる。

前のページへ戻る