1.目 的 染色加工は,繊維製品の製造において不可欠な工程であるとともに,その製品付加価値を高めるための重要な手段となっている。しかしながら,従来の水を媒体とする染色方法は,水資源やエネルギーを大量消費するうえ,その排水処理対策が大きな課題となっている。一方,近年のアジア諸国からの急激な輸入品増加と国内消費低迷から,繊維製造業は,IT等デジタル情報を活用した短納期型の生産システムが必要になってきている。 これらの状況から,21世紀の染色加工技術には,環境問題,省エネルギーやIT化に対応したものが求められると考えられる。我々は先に,昇華性染料と強磁性材を含有したマイクロカプセルを磁力でポリエステル布に付着させた後,熱処理して発色する非水染色方法を考案した1)。 本研究では,この染色方法の実用化を目的に,課題となるカプセルの染色性やこれによる染色布の耐光性および色相等について検討した。 2.内 容 2.1 マイクロカプセル化染料 近年,様々な分野で超微粒子への関心や期待が高まっているが,これら微粒子の製造には,ポリマー粒子合成法が用いられることが多い。本研究では,その一種である懸濁重合法により,昇華性染料と強磁性材をアクリレート樹脂でカプセル化したマイクロカプセル化染料(平均粒子径:5〜15μm)を用いた。図1は,分散染料:強磁性材:カプセル材の割合が,仕込量で5:75:20としたマイクロカプセル化染料の表面および断面を観察した一例である。 (図1 マイクロカプセル化染料のSEM写真) 2.2 実用化における課題とその検討 本非水染色方法の実用化には,マイクロカプセル化染料の染色性能と,これのポリエステル布への染色特性を把握することが重要となる。具体的には,以下に示す(1)〜(4)の課題がある。 (1)カプセル化が染色性に及ぼす影響 (2)マイクロカプセル化染料の染料供給量 (3)マイクロカプセル化染料を用いた染色布の耐光性 (4)マイクロカプセル化染料を用いた染色布の色相 2.2.1 カプセル化が染色性に及ぼす影響 染料をマイクロカプセル化した場合,カプ (表1 分散染料) 1-アミノアントラキノン(1-AAQ)(223.1)C.I. Solvent Blue 35(350.5)C.I. Disperse Red 50 (357.8) セル材が染料の拡散性を阻害し,染色性が低下する可能性がある。そこで,マイクロカプセル化した染料とカプセル化しないものについて,染色性の指標となる拡散の活性化エネルギー(凾d)を算出した。この凾dが大きくなるほど,染色性が低下することになる。実験には,実用染料であるC.I.Solvent Blue 35(Bl-ue 35)とC.I. Disperse Red 50(Red 50)を用いた。表2に,これらの算出結果を示すが,マイクロカプセル化したもの(表中MC-dye)はしないもの(表中Free)に比べ,凾dはBlue 35では1.18倍,Red 50では1.25倍とそれほど大きくはならなかった。この結果から,アクリレート樹脂を用いてマイクロカプセル化しても,カプセル化による染色性には,それほど影響しないことが分かった。 (表2 カプセル化による凾dの変化) 凾d(kJ/mol)染料 MC-dye Free 1-AAQ 58.6 42.7C.I. Sol. Blue 35 71.8 61.0C.I. Dis. Red 50 95.7 76.4 2.2.2 マイクロカプセル化染料の染料供給量 実用的な染色では,淡色から濃色まで幅広く染色濃度を出す必要がある。マイクロカプセル化した染料を用いる染色法では,布表面の染料蒸気濃度が染色濃度に関係する。この染料蒸気濃度は,マイクロカプセルから布表面への昇華放出された染着可能な染料量が反映している。よって,染料をマイクロカプセル化した場合,この染料量つまりカプセルからの染料供給量がどのようになるかを知ることが,実用化において重要となる。そこで,マイクロカプセル化した染料とカプセル化しないものについての比較を行った。表3に結果を示すが,マイクロカプセル化した染料はカプセル化しないものに比べ,Blue 35(170℃を除く)では約1/3,Red50では約1/4といずれも少なくなった。これらの結果から,今回の平均粒子径が5〜15μmのマイクロカプセル化した染料を用いてより高い染色濃度を得るには,分散染料の含有率を高くすることが有効と考えられる。 (表3 染料供給量の比較) 温度 染料量の比:Free/MC-dye (℃) Blue 35 Red 50 170 4.69 4.10180 3.11 4.11185 3.92190 2.82 3.87200 2.87 2.2.3 マイクロカプセル化染料を用いた染色布の耐光性 分散染料でポリエステルを染色する場合,耐光性は重要である。マイクロカプセル化した染料を用いる染色法では,水系の染色法とは異なり,分散染料を気体化させた状態で直接内部拡散させている。そこで,マイクロカプセル化した染料を用いて作製した染色試料と高温高圧染色法で作製したものについて,両者の耐光性比較を行った。マイクロカプセル化した染料を用いた染色試料の作製は,マイクロカプセル化した染料を塗布したポリエステル白布を加熱板で熱処理して行った。図2(a),(b)に,両者の分光反射率曲線を比較した結果の一例を示す。(a)はBlue 35,(b)はこれをマイクロカプセル化したもの (MC-Blue)をそれぞれ用いた青色の染色試料である。 図2より,紫外線照射時間における分光反射率曲線の変化は両者ともほぼ同様であることが分かった。この結果より,マイクロカプセル化した染料を用いて作製した染色試料と高温高圧染色法で作製した染色試料において,耐光性に差はないことが確認された。 (a) 高温高圧染色法 (染料:Blue 35) 2.2.4 マイクロカプセル化染料を用いた 染色布の色相 実用的な色出しの多くは,染料を配合して行っている。一方,マイクロカプセル化した染料を用いる染色法は,2.2.3で述べたように水系の高温高圧染色法とは異なる染着メカニズムを有している。そこで,マイクロカプセル化した染料を用いる染色法(MC)と高温高圧染色法(HT)により,図3に示す黄色,青色,赤色の三原色染料の配合割合を変えた染色試料を各々13種作製し,両者の色相を比較した。ここでマイクロカプセル化した染料を用いる熱処理条件は,200℃×30,60,90,120secの4水準とした。高温高圧染色法は,合計染料濃度1.0%o.w.f.,130℃×90hrの染色条件で行った。MCg@〜Lの染色試料について,各熱処理時間における色相Hの変化は僅かであったため平均化し,これとHTg@〜Lとの比較結果を,表4に示す。これより,両者間で大きな色相差は見られなかった。これまでの研究において,分散染料はカプセル内からカプセル外へ単分子状態で昇華放出されている結果が得られている2,3)。したがって,染料の昇華性が極端に差のある組合せの場合を除き,マイクロカプセル化した染料を配合した時の色相と水系の高温高圧染色法によるもので大きな差は生じないことが推測される。 (b) MC-dyeを用いた染色法 (染料:MC-Blue) Y:黄色 B:青色 R:赤色 (図2 染色試料(青色)の耐光性比較) (図3 染料の配合割合と試料aj サンプル @ A B C D E F MCHT 3.0PB 2.2G 9.2GY 5.8GY 5.0Y 4.3Y 4.1Y5.1PB 7.0G 1.8G 8.4GY 5.0Y 1.4Y 0.7Y サンプル G H I J K L MCHT 3.8Y 2.9R 2.8PB 2.3PB 2.6PB 7.8GY0.0Y 4.2R 4.5PB 4.2PB 4.7PB 0.3G *) PB:青紫,G:緑,GY:黄緑,Y:黄,R:赤 (表4 染色法による色相の比較*) 一方,三原色のマイクロカプセル化した染料が配合されたMCgLの熱処理時間に対するHと布表面濃度(K/S値)の変化を,表5に示す。これより,Hは熱処理時間に関わらず安定し,K/S値はしだいに高くなる傾向を示した。これらの結果は,マイクロカプセル化した染料を配合して濃度調節を行うことが可能であることを示す。 (表5 染色時間による色相と布表面濃度変化(MCgL)) 熱処理時間(sec) 30 60 90 120 HK/S値 7.7GY1.54 8.0GY2.74 7.8GY3.11 7.5GY3.62 3.結 果 マイクロカプセル化した染料を用いたポリエステルの非水染色方法について,カプセルの染色性能およびこれによる染色布の染色特性面からの検討を行った。これらをまとめると,以下の通りである。 (1) 懸濁重合法により分散染料と強磁性材をアクリレート樹脂でマイクロカプセル化した染料は,ポリエステルの着色材料として活用することが可能である。 (2) マイクロカプセル化した染料を用いた染色法の実用化は可能である。 参考文献 1) 特許第2928137号 発明者:沢野井康成,新保善正,安部克彦,登録日:H11.5.14 2) 沢野井康成,新保善正,堀照夫,U. Meyer,繊維学会誌,54,7,pp379-385(1998). 3) 沢野井康成,新保善正,堀照夫,U. Meyer,繊維学会誌,56,12,pp561-568(2000). |
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